松宮慎治の憂鬱

'04京都橘高校卒→'08大阪教育大学卒、私立大学に職員として奉職→'17広島大学大学院教育学研究科博士課程前期高等教育開発専攻修了,そのまま後期課程在学中。とあるきっかけ(http://shinnji28.hatenablog.com/entry/2015/01/10/050000)があって、実名でブログを始めることにしました。特に憂鬱なことはないのですが、大学職員仲間がタイトルを考えてくれたので、そのまま使います。

学術政策論特講(研究面から見た大学と政策)課題①科学技術と大学との関係―市場とどう向き合うべきか―

8/31(月)から3日間、山本眞一先生の集中講義でした。提出した3つのレポートを晒します。


2015.8.31

山本眞一先生集中講義レポート

科学技術と大学との関係―市場とどう向き合うべきか―

M156296 松宮慎治

1.はじめに
 2014年にはSTAP細胞の問題が大きくクローズアップされ、科学技術と大学との関係が議論されるきっかけとなった。この問題によって、たとえば査読のプロセスや学位の授与過程も一般に知られることとなり、その一方で科学や大学、あるいは研究機関の信頼性が問われることとなった。STAP細胞の問題では、研究者の所属機関であった理化学研究所STAP細胞の発表者を大々的に市場に売り出すために、さまざまな広報的工夫を行っていた。STAP細胞理化学研究所の対応から示唆されるのは、「市場にどう向き合うべきか」という課題である。研究費を獲得するためには、対外的なアピールは欠かせないが、あまりに過剰になると手段が目的化される可能性がある。STAP細胞にかかわる一連の問題は、科学技術と大学との関係を考えるときの「市場との向き合い方」を考える契機となった。

2.科学技術と大学との関係についての先行研究
 学術政策は「学者自身によるコントロール」「政府によるコントロール」「市場メカニズム」の三要素が互いに衝突しながら構成されている(阿曽沼,2005)。このうち近年より重要視されてきたのが「市場メカニズム」であろう。これは何も学術政策に限ったことではなく、大学への投資が公的なものから競争的なものへ移行する中で起きている変容である。成定(2008)によれば、こうした状況にあって大学や個々の教員が企業や資本家のように振る舞い始めることを、「アカデミック・キャピタリズム」と一部の論者は呼称しているという。さらに、「アカデミック・キャピタリズム」から生じる問題として、研究テーマや研究結果がスポンサーの意向に左右されるという「利益相反」を挙げ、警鐘を鳴らしている。
 一方、科学技術政策と大学との接点のひとつとして、塚原(2015)は「イノベーションの受容と普及」を挙げている。ここでいうイノベーションとは「研究開発の成果を基点とした経済社会や国民への寄与」のことを示しており、「新たな価値を生み出し,経済社会の大きな変化を創出する」ことが重要であるが、その前提としてイノベーションが経済社会や国民に受容されて普及することだと述べる。また大学が関与するための具体的事例として、諸外国でしばしば論じられるイノベーション人材の育成や地域イノベーション政策のさらなる展開を挙げている。

3.先行研究からの示唆―市場との向き合い方
3-1.バランスの問題
 大学が科学技術を創出するときに、市場と向き合うことはもはや不可避である。今後も外部資金や競争的資金の割合が増していくことで、それらの獲得がより一層重要になってくることに変わりはないであろう。このとき求められるのは、市場へのアピールと追究するイノベーションとのバランスの問題である。外部資金を獲得するにあたっては、市場へのアピール(研究の意義や期待される成果の記述)は欠かせない。しかしながら、アピールは手段であって目的ではない。イノベーションを社会に還元していくことが目的なのであるから、その本質を見失わぬことが重要である。一方では、研究の価値の見せ方が大いに求められるのもまた事実である。このように、市場への目的と追究するイノベーションとを往還しながら、常に現在地を確認しておく必要があろう。
3-2.研究者倫理の問題
 大学も研究機関として不正からは距離を置かねばならないが、STAP細胞の問題とまではいかなくとも、毎年のように研究費の不正が発覚し、結果として新たな書類の確認や不正防止の研修会が開催されるようになっている。しかしながら、こうした処置はいわば対症療法であり、多分に形式的であるという実感をもっている。自身の勤務先においても、大学院生を対象とした研究倫理教育や研修会が実施されているが、こうした施策は「実施した」という実績獲得のためではないかという疑問がある。何らかの不正があった場合に、「大学はこれだけのことを実施していた」という責任逃れの側面が否定できないのではないかと考えられるのである。研究者倫理の涵養について、その責任の第一は大学院教育そのものが担う必要があるのではないか。すなわち、大学院における研究活動そのものを通して、研究の作法を学ぶことはもちろん、研究が科学技術の発展に貢献しながら、最終的にはイノベーションに寄与するものであるという自覚を育てる必要があるのではないかと考える。

参考文献
阿曽沼 明裕(2005)「第9章 学術政策論」『高等教育概論―大学の基礎を学ぶ―』(ミネルヴァ書房),pp.116-133.
塚原修一(2015)「科学技術政策の変遷と高等教育政策」『高等教育研究』第18集,pp.89-104.
成定 薫(2008)「第9章 高度情報化社会と大学」『大学と社会』(放送大学教材),pp.113-125.