松宮慎治の憂鬱

'04京都橘高校卒→'08大阪教育大学卒、私立大学に職員として奉職→'17広島大学大学院教育学研究科博士課程前期高等教育開発専攻修了,そのまま後期課程在学中。とあるきっかけ(http://shinnji28.hatenablog.com/entry/2015/01/10/050000)があって、実名でブログを始めることにしました。特に憂鬱なことはないのですが、大学職員仲間がタイトルを考えてくれたので、そのまま使います。

高等教育基礎演習Ⅰ(実践研究) 課題②『IDE 現代の高等教育』(2005年6月号)の特集論文要旨―テーマ「教員組織の改革」―

村澤先生担当回の通常課題第2弾です。
社会人の参加の方法としては、通常課題と遠隔用課題を先生に提出し、それにコメントを返していただくというスタイルをこの講義ではとられるようです。


2015.4.23

高等教育基礎演習Ⅰ(実践研究) 課題②

IDE 現代の高等教育』(2005年6月号)の特集論文要旨―テーマ「教員組織の改革」―

M156296 松宮慎治

以下のとおり特集論文(①~⑪)の要旨をまとめました。

①「変貌する大学の教員組織」(羽田貴史)
 「大学設置基準」(1956年)によって、教員組織は研究重視の講座制と教育重視の学科目制にわけられた。旧帝大が教授・助教授・助手の3層構造をもつ講座制を選択したことで、大学教員全体の地位や職務に大きな影響を与えた。しかし、マス化の進行に伴い講座制は批判を受けるようになり、名称変更や「大講座」への移行を余儀なくされた。結果として、教授が多数を占めるアンバランスな職階構成や研究者養成システムの喪失を招いた。既存体制に代わる新しい形はまだ見えていない。
②「大学の教員組織を考える」(大﨑仁)
 「大学の教員組織の在り方について」の要点は、教員の職階変更と教員組織編成の自由化の2点である。前者は教授―助教授―助手という職階を教授―准教授―助教に改めるというものであり、助教授と助手の「教授を助ける」要素を抹消する。後者は設置基準から講座制・学科目制を抹消するものであり、教授中心の階層性を否定する。つまり、この構想は教授中心の単位組織の排除を意図しているが、学部を維持しながら講座・学科目制のモデル性を否定するのはバランスを欠く上、助手問題の本質的解決にもなっていない。
③「大学教員の職名・職務はどう規定されてきたか」(寺﨑昌男)
 大学内の職名や職責の変化は繰り返し行われてきた。たとえば「教授」は大宝律令の時代から存在したことで、明治の初めから違和感なく使うことができた。「助教授」は「教授補」「助教」という揺れを経て1881年から使われている。1886年帝国大学制度によって、「教授・助教授・助手」が置かれ、講座を担任するかしないかが教授か助教授かの境目となった。なお、最も実態が曖昧だったのが助手であった。こうした教員呼称の改正や職務の確認作業が教員論発展の契機になればよい。
④「大学の教員養成と助手制度の改革」(加藤毅)
 助手制度の改革が『大学の教員組織の在り方について〈審議のまとめ〉』で報告された。助手制度の課題は、大学教員を目指すポジションでありながら、補助的業務に忙殺されて教育研究活動をあまり行えなかったことであったが、それは制度というよりも運用の問題であった。今回の制度変更単独では助手問題を解決できない。大きな裁量を委ねることで助手問題の解決を各大学に任せることになる。また、大学教員の養成という政策課題の中では、助手問題より若手研究者の不安定な雇用の方が大きいことを忘れてはならない。
⑤「大学教員とその組織」(小林信一)
 教育研究スタッフの議論では多くの場合アメリカがモデルになる。しかし、アメリカの実態と比較して日本の議論には違和感がある。たとえばアメリカではテニュア制度がない大学もあるし、デパートメントやスクールといった安定的な組織が存在するから硬直的なテニュア制度が有効なのだと考えられる。日本では研究活動の活性化とテニュア制度が関連づけて議論されるが、変化することの意味のある活動にテニュアを導入することは合理的でない。実際にアメリカでもテニュア制度の後退現象が見られている。
⑥「経営からみた教員」(藤田幸男)
 教育、研究、大学行政への参加、社会貢献、課外活動支援の5つが専任教員の基本的役割である。5つの責任のすべてについて公平に評価できるシステムを構築し、経済的待遇に連動させることが望ましい。また、日本の私立大学は非常勤講師に依存している。最近では本務校がなく複数の非常勤講師のみで生計をたてる人が増えているという問題がある。こうした問題の解決や、専任教員が5つの役割を十分果たすことができるようその条件を整備することが理事会の責任である。
⑦「日本の大学教員」(有本章)
 日本の学問はわずか1世紀間に世界のトップに迫るまでに飛躍したが、学問中心地のアメリカとの距離や相違は依然として小さくない。学問的生産性を下支えするのは大学教員の資質、力量、活量である。大学教授職を日米で比較すると、日本の方が、移動率が高く、母校出身者の比率が高く、教育を軽視しているという傾向がある。日本が学問中心地となるためには、優秀な人材の集積、優れた文化の形成、専門分野の開拓を促す組織改革が必要である。
⑧「アメリカの大学教員組織」(舘昭)
 アメリカのテニュア制度は地位の保証が与えられることを意味するので、6年から10年におよぶ試用期間のあとに厳しい業績の審査を経て与えられている。以前の調査によると、教授の9割前後と准教授の7-8割程度がテニュア保有者である。また、教員が構成する基本組織は「デパートメント」と呼ばれ、権威の頂点が教授に帰属する講座制とは違い、権威がグループに帰属する。日本でいう学科に近いが、教員構成は分野の事情にあわせて柔軟に編成可能である。
⑨「イギリスの教員と教育組織」(安原義仁)
 イギリスの大学の教員構成は教授層がきわめて薄く、講師層が厚いという特徴がある。オックスフォード大学の事例に即して、教授のみであった大学教師職に教授以外の職階が加わった経緯をみると、1852年のオックスブリッジ両大学に関する王立委員会調査報告で提起された准教授や講師の創設の提起が起源である。背景として、教授の講義負担を軽減して研究活動に専念する余裕を与えることや、将来の教授予備軍を養成することが期待された。委員会の勧告はすぐには実質的な効力をもたなかったが、1882年の学則で実現した。
⑩「ドイツ大学の教員組織改革」(別府昭郎)
 ドイツの大学の教員組織は1968年頃まで、運営機関・意思決定機関としての学部は正教授だけで構成されており、学部に属する権限や職務を大学全体の意思決定を任務とする大学評議会から独立して有していた。1976年の『大学大綱法』によって大学の意思決定が各階層からなる代表者によって行われるようになった。また、1998年の改正『大学大綱法』によって、必ずしも大学教授資格を取得していなくても教育と研究において教授と同等の権限を持つことができる「ジュニア・プロフェッサー制度」が導入された。
⑪「大学教員組織改革の制度的構想」(小松親次郎)
 今回の改革は若手が資質能力を十分発揮できるようにするという考えに基づく。助手は教育研究を主とする職とその補助を主とする職務にわける。前者を「助教」と呼称し、准教授、教授のキャリアパスに位置付ける。後者を「助手」と呼称し、キャリアパスは各大学で判断する。助教授は「教授の職務を助ける」職務内容が実態にそぐわず、国際通用性の観点からも問題があるので、代わりに「准教授」を新設し、自らの教育研究を主たる職務とする。また、講座制・学科目制については現行規定を削除し、大学の裁量に任せる。