松宮慎治の憂鬱

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高等教育基礎演習Ⅰ(実践研究)課題⑧中間レポート 教育と研究の「葛藤モデル」は棄却できるか?

村澤先生、渡邊先生、大膳先生オムニバス科目の中間レポートです。


2015.6.16

高等教育基礎演習Ⅰ(実践研究) 中間レポート

教育と研究の「葛藤モデル」は棄却できるか?

M156296 松宮慎治

1.はじめに
 これまでのIDEの特集中で自身も関心をもったのが大学教員の職務であり、中でも最も問題意識を喚起されたのが、大学教員にとっての教育と研究の葛藤(「葛藤モデル」)であった。このことから、以前提出した遠隔課題をベースとして、葛藤モデルを検証するための仮の研究計画を策定した。
2.教育と研究の関係性についての先行研究
 大学教員の職務は一般にあまり知られていない*1。それでも比較的知られていると思われる職務は「教育、研究、社会貢献」の3点であろうが、大学教員の役割は増加しつつあり、かつ多様性も増している。
 山崎(2008)はこの現状について、教員が「多様な役割の増加と役割葛藤に悩まされて」いると表現している。かつ、その原因について、大学教員の国際比較調査を参照し、日本の大学教員の研究志向の強さが教育や社会貢献、管理運営などの活動と摩擦を起こしているのではないかと述べている。また、福留(2008)は「教員の活動に関する葛藤は教育と研究のバランスにおいて起こると考えられがちだが、実際には、教育研究とそれ以外の諸活動との間で葛藤が生じている」と指摘し、教育研究以外の管理運営や社会貢献にかかわる職務に原因を限定して見出している。さらに中島(2014)は、特定の大学において研究活動の活発な教員ほど学生の授業満足度スコアが高かったことから、大学教員の教育活動と研究活動が補完的な関係にある可能性を示している。
3.先行研究からの示唆
 先行研究から示唆されるのは、大学教員の役割が増加・多様化する中で教員自身が葛藤しているという事実のみならず、その原因についてはさまざまな観点があるということである。大学教員にとっての教育と研究の関係は、一般には「教育に時間が割かれて研究の時間がとれない」「研究が多忙で教育に注力できない」といった二項対立のモデルで語られることも多いと思われるが、実態はそう単純ではないということがわかる。福留(2008)が指摘するように、大学の教育研究活動の本来的意義が教育と研究の統合にあるならば、この二項対立のモデルにはやはり無理があると考えられる。
 一方、日本の大学教員の評価は、そのほとんどが研究業績によってなされることが多い。たとえば、教育志向がやや強く求められるであろう大学の教職課程における教員審査の書式においても、教育業績を問う項目は研究業績を問う項目に比して明らかに少ない*2。そうした状況下では、研究の優先順位がやや高くなってしまうことも理解できる。新規採用、昇進、専門学会での評価等の全てにおいて研究業績の多寡や質が主要な地位を占めるのであれば、問題を「研究志向」といった志向性のみに収斂するのは難しく、むしろ職業を支配する制度や仕組みの問題の方が大きいのではないかと思われる。
4.研究計画(仮)
 先行研究を踏まえつつ、以下のとおり「葛藤モデル」を検証するための研究計画(仮)を策定した。
4-1.問題と目的
 大学教員にとっての教育と研究の葛藤(「葛藤モデル」)は比較的主観的な立場から論じられることが多いと思われる。すなわち、「教育に時間を割かれて研究に時間がとれない」「研究が忙しいので教育ができない」等、各々の経験から自由に発言されてしまうことが多い。定量的な分析もこれまで膨大になされているが、データは教員の無作為抽出によることが多いため、所属機関の特殊性を排除しているという問題や、教員意識調査を中心にしている問題等がある(中島,2014)。所属機関の特殊性を排除しないためには、機関が明示された横断的データの入手が必要となるが、少なくとも授業アンケート等の定量的な教育の成果指標は公表されているケースが少ないため、機関外部からの分析が困難である。
 以上のことから、自身の所属大学の人文科学系A学部b学科における授業アンケートデータと研究成果データを学内の意思決定によって入手し、双方の関係を分析することで葛藤モデルの妥当性を検証する。
4-2.方法
 使用するデータは、A学部b学科における2014年度の授業アンケートの結果と研究成果に関するデータとし、従属変数と独立変数を以下のとおりとした重回帰分析を行う。
・従属変数
授業満足度:授業アンケート結果(「非常に満足した」「満足した」「普通」「満足していない」「全く満足していない」)を左から5点、4点、3点、2点、1点と得点化したもの
・独立変数
男性ダミー、教授・准教授・講師ダミー、執筆著書数の業績得点(5点)、執筆論文数の業績得点(3点)、学会発表数の業績発表数の業績得点(1点)
4-3.期待される成果
 授業満足度に研究成果がどのような影響を与えるのかが明らかとなり、葛藤モデルの妥当性の検証をサポートできる。また、A学部b学科という特定の学問領域に限定した分析であることから、機関の独自性と学問分野の独自性をいずれも捨象することなく「葛藤モデル」を検証することが期待できる。
4-4.本計画(仮)の問題点
 著書、論文、学会発表と独立変数を業績種類ごとにわけたが、これでは多重共線性が発生する可能性がある。ゆえに、予め相関分析を行って多重共線性の排除を試みるか、業績種類ごとに業績得点を設けるのではなく、総合的に業績を把握した分析が必要となるかもしれない。また、根本的な問題として、業績を得点化する場合に業績種類間にどの程度の差をつけるのが適切なのかという問題がある。この点については当該学科の教員の意見を聞きながら設定することが望ましいかもしれない。

引用文献
中島英博(2014)「大学教員の教育活動と研究活動の補完性に関する分析―大規模私立大学におけるケーススタディ―」『日本高等教育学会第17回大会発表要旨収録』,pp.68-69.
福留東土(2008)「第13章 研究と教育の葛藤」『変貌する日本の大学教授職』(玉川大学出版部),pp.263-279.
山崎博敏(2008)「変貌する大学教師」『大学と社会』(NHK出版),pp.152-162.

参考文献
有本章(2005)「第3部§1 専門職としての大学教職員と(プレ)FD&SD理論」『高等教育概論―大学の基礎を学ぶ―』(ミネルヴァ書房),pp.224-228.
有本章・大膳司・木本尚美・黄福涛・米澤彰純・藤村正司・村澤昌崇・島一則・福留東土(2014)「変貌する世界の大学教授職(1)―教育・研究活動とキャリアを中心として―」『日本高等教育学会第17回大会発表要旨収録』,pp.74-77.
葛城浩一(2014)「ボーダーフリー大学教員の大学教授職に対する認識―「教育志向の教員」の再検討―」『日本高等教育学会第17回大会発表要旨収録』,pp.70-71.
加野芳正(2005)「第3部§4 女性教員のキャリア形成」『高等教育概論―大学の基礎を学ぶ―』(ミネルヴァ書房),pp.243-247.
羽田貴史(2005)「第3部§2 大学教員の能力開発プログラムの実際」『高等教育概論―大学の基礎を学ぶ―』(ミネルヴァ書房),pp.229-233.
山野井敦徳(2005)「第3部§3 大学教員のキャリア形成」『高等教育概論―大学の基礎を学ぶ―』(ミネルヴァ書房),pp.234-242.
李尚波(2014)「「内外協力による大学運営」―現代中国の模索―」『日本高等教育学会第17回大会発表要旨収録』,pp.72-73.

*1: たとえば直近では、次のような話題もあった。日刊アメーバニュース「意外と知らない? 大学教授が想像以上にすごいと思える10のお仕事」http://news.ameba.jp/20150421-913/ :2015年4月22日閲覧

*2:教職課程認定申請様式 様式第4号(教員個人に関する書類(教育研究業績書))http://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/kyoin/080718_1.htm :2015年4月22日閲覧