松宮慎治の憂鬱

このブログの情報は古く,今後更新しませんので,特に教職課程関連の参照元とすることは避けていただければと思います。ご迷惑かけます。2023.2.19

中村高康・平沢和司・荒牧草平・中澤渉編(2018)『教育と社会階層:ESSM全国調査からみた学歴・学校・格差』(東京大学出版会)を読了

標記の本を読了した。
本書は,SSM調査(社会階層と社会移動全国調査)の教育版=ESSM「教育・社会階層・社会移動全国調査」(2013年実施)にもとづく分析結果をまとめたものである。
SSMでは教育の変数がごく限られているため,より教育に焦点化した形で社会階層および社会移動を切り取ろうとする試みがなされている。
内容もさることながら,調査設計の段階が勉強になった。
特に回収率について,分母を当初計画サンプルサイズとするもの,転居や死亡等何らかの理由でサンプルから除いたものとする有効抽出数をベースとするものにわけるという知識を,この書籍で得ることができた。

教育と社会階層: ESSM全国調査からみた学歴・学校・格差

教育と社会階層: ESSM全国調査からみた学歴・学校・格差

定員充足率は何によって決まるのか:私立大学倒産言説と関連したいくつかの所感

「大学倒産」に言及した記事

標記の記事があった。前編と後編にわかれている。
忍び寄る「大学倒産」危機 2000年以降すでに14校が倒産している | ビジネス | 最新記事 | ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト
倒産する大学の4つの特徴:地方、小規模、名称変更、そして... | ビジネス | 最新記事 | ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト
要点はおおむね以下のとおりである。
前編では「忍び寄る「大学倒産」危機」として,まず私立大学の36%が定員割れであることと,2000年以降14の私立大学が「倒産」していることを指摘する。
その上で,続く後編において,これら14校の共通点を分析し,①歴史が浅いこと(によるブランドイメージの低さ)②単科大学であること③規模が小さいこと④立地(地方大学であること)がその原因であるとする。
結びでは文部科学省の定員抑制政策に触れ,そうした外圧ではなく,本質的な課題に取り組むことこそ本筋であると結論づける。
その課題とは,

有名私立大学を除く大半の私立大学にみられる大学生の学力低下や、AO入試・推薦入試という名による事実上の無試験制度、そして、大学教員の質の向上や大学における教育・研究活動の質と量の向上

であり,

本来、これらの課題は都市部か地方かを問わず、大学の本質と役割という点で違いはないはずである。真に魅力のある大学であれば優秀な学生や教員が集まるものであり、そのような大学だけが「大学大倒産」の時代を生き延びるべきなのである。

という。
実は,全体の論旨構成からは必ずしも明示的にはくみ取れないのだが,大意としては,私立大学が倒産する理由を,大学教員の質が悪く,その結果として教育・研究活動の質が低く,制度的にはAO入試や推薦入試を濫用していることに求めている,と考えられよう。
ひょっとしたら編集部の意図が多分にあるかもしれないのだが,この記事の内容から「忍び寄る「大学倒産」危機」といった未来を論じるには,いくつかミスリードになりかねない点があると感じられたので,ここで部分的な反論を試みておきたい。

過去に「倒産」した大学の共通点が,これから「倒産」しうる大学にも適用できるかはわからない

2018年度現在,日本の私立大学の数は600弱である*1
取り上げられている14大学が「倒産」した時点は様々なので単純化できないが,仮に少なめに見積もって500大学を分母として考えても,このうち14大学というのは全体の3%に過ぎない。
言ってみればこれらの大学は,今のところ外れ値のような状態であって,全体の3%に過ぎないサンプルの共通点を見出して,未来を予測しようするのは苦しい。
また一方では,3割ないし4割の私立大学が定員割れしているのであるから,定員割れと「倒産」を結びつけるのであれば,むしろ論点になりうるのは,「なぜ倒産しないのか」ということではないだろうか。
定員割れと「倒産」は一般に強く結びつけられ,危機意識が煽られることが多いが,その構造が正しいのならば,もっと多くの大学が「倒産」していなければおかしい。
しかし,なぜかそうなっていない。
となると,定員割れと経営体力の問題は,単純な共変関係にはなっていないのではないか,という疑問が生じる。
仮に定員割れをきたしているとしても,コストを絞ったり,他の要因で財務が強化されたりすれば潰れないのかもしれない。

事業団による「定員充足率」は単年度指標である

記事で引用される私学事業団による「定員充足率」の定義は,入学者を入学定員で割ったものであり,単年度指標である。
だが,定員割れというのは,辞退者数を読み誤って偶然起きてしまうこともあるし,学力水準を確保するために,定員割れが起きるとわかっているラインで合格を出すこともある。
このように,単年度で見るには不安定な指標が「定員充足率」である。
もしもこの記事のように,経営の代理指標として「定員充足率」を扱いたい場合は,「定員を3年間割り続けているか否か」といった具合に,複数年度をトレースする必要があるだろう。
もしくは,学生数を総定員数で割った「収容定員充足率」を用いるのも一案だろう。

では,定員充足率は何によって決まるのか

定員充足率の規定要因について,最近,自身が分析したものを以下に置いている。
https://researchmap.jp/?action=cv_download_main&upload_id=217490
スライドの23枚目がそれである。
この分析では,学生数を総定員数で割った「収容定員充足率」に寄与する変数を見つけ出そうとしている。
さらに,2012年から2016年の5年間のデータに対して,時間を含んだパネルデータ分析という手法を用いることにより,バイアスを除去しようとしている。
関心が定員充足率に対する補助金の効果分析にあるので,それにもとづいてごちゃごちゃと3つのモデルを示しているのだが,どのモデルにも共通する有意な変数がある。
それらの変数と,記事が指摘する「大学倒産」の要因(①歴史が浅いこと(によるブランドイメージの低さ)②単科大学であること③規模が小さいこと④立地(地方大学であること))とで整合的なのは,「学生数(+)」のみである。
すなわち,学生数の多い大学ほど,定員を充足しやすいというのは一致している。
単科大学か否かというのは残念ながら独立変数に投入していないのだが,単科大学は人数が少ないと想像されるから,学生数に要素として含まれている考えることができるだろう。
他方で,歴史が浅いこと(分析では「開始年」)や立地(分析では「県外進学率」)は,定員充足率に対して有意な貢献をもたらさない。
立地の代理変数として県外進学率を用いている理由は,問題は場所そのものではなく,場所によって規定される進学率の差であって,先行研究で地方において大学進学率に差が生ずる背景を理解するには,県外進学率に着目することが重要とされていることによる*2
とはいえ,いずれにせよ,データにもとづく実証分析によれば,記事が示す要因のうち,たしからしいのは規模変数のみであると考えられる。

また分析結果からは,偏差値の高い大学ほど,ST比の大きい大学ほど,定員を充足しやすいことが示唆される。
このことから,ブランドイメージは歴史ではなく,偏差値で代理されると考えれば,記事の内容ともフィットするかもしれない。
ただ,ST比(+)より,教育の質が低いから,定員割れをきたすのだろう,というのは根拠に乏しいと言うことができる。
ST比が大きい大学は,端的に言ってマスプロ教育を志向している大学である。
記事の前提が正しければ,むしろST比の小さい大学ほど,丁寧な教育がなされていて*3,その環境の良さから定員を充足しやすい,となっている状態が自然であろう。
ST比の大きい,マスプロ教育を志向する大学が定員を満たしやすいのは,そういう大学にはもともと強固な威信が伴っており,学生の学力水準が高く,マスプロ状態でも問題なく学生が学習するからであろうと思われる。
そしてそういう大学には黙っていても学生が集まるので,あえてST比を小さくする圧力が働かないのだろうという解釈が可能である。

まとめ

魅力のある大学であれば,優秀な学生や教員が集まってくる,というのはある種の理想論であって,本当に成立する構造なのかという問題がある。
たとえば,偏差値には経路依存性があるから,あとから逆転することは稀であり,大学の自助努力の余地が小さいと言える。
そして,仮にこの因果が成り立つとしても,優秀な学生や教員が集まっている(定員を充足している)から,魅力のある大学なのだ,という逆の矢印が同時に成り立つとは限らない。
結論として,この記事は,色々論じてはいるけれども,理論的に正確だと思われる点は一部に過ぎず,どちらかといえば大衆受けを狙った印象論に留まるように見える*4
繰り返しになるが,この手の記事は編集部の意向が反映されることが多分にあることはわかっている。ウェブ記事なので,PVを稼がねばならないという事情があるのかもしれない。
ただ,定員充足率が大学の自助努力のみで向上可能であり,であるからして定員充足率の低い大学は努力不足&魅力がない(かにも捉えられかねない記述の仕方)というのはあまりに素朴に過ぎると感じられた。
それゆえ,定員充足率の低い大学で学生のために一生懸命努力されている教職員もいらっしゃることに鑑みると,自身のもっているデータにもとづいた言及には一定の意味があるだろうと考えて,今回のエントリを記した次第である。


なお,この記事については,既に以下のブログでもコメントが寄せられているので,併せて参照されたい。
www.daigaku23.com

*1:旺文社の推計では589: http://eic.obunsha.co.jp/resource/viewpoint-pdf/201807.pdf

*2:朴澤泰男(2016)『高等教育機会の地域格差』(東信堂),p.73

*3:もちろん,本来はST比が小さい=良い,と単純に言うこともまたできない。なぜなら,ST比は入学する学生数が減ることによって相対的に減少しうるからである。ここでは,記事で述べられるほどことは単純ではない,という例示の一つであると見ていただけるとありがたい。

*4:上記で指摘したこと以外にも,たとえばAO入試や推薦入試が大学教育にネガティブな効果をもたらすかのような記述にも根拠が示されていない。推薦入試によって入学した学生はむしろ成績が良い,という研究も存在するので,本来一概に断じることは難しい。入学者選抜の方法と入学後の成績が,一般に言われるほど深い関係にないことは,アドミッションの研究では半ば常識ではないかと思われる。 https://kwmw.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=12797&item_no=1&page_id=13&block_id=17#

報告資料をアップしました:「私立大学に対する競争的資金配分の動態と成果」@2018年度日本高等教育学会研究交流集会

2018年12月8日に行う予定の下記報告の,
shinnji28.hatenablog.com
資料を以下にアップしました。
https://researchmap.jp/?action=cv_download_main&upload_id=217490
内容は,私立大学等改革総合支援事業タイプ1と経常費補助金の2つを対象とした分析を行い,それらを新制度論的に検討することを試みたものです。
当日お越しくださる皆様はもちろん,お越しになれない方からも,ご批判をいただければ幸いです。
お忙しいところコメントを頂戴する浦田先生,そしてこのような機会をくださった日本高等教育学会に感謝申し上げます。
以後ますます研鑽を積むよう努めます。

S. スローター,G. ローズ著,成定薫監訳(2012)『アカデミック・キャピタリズムとニュー・エコノミー:市場,国家,高等教育』(法政大学出版局)を読了

本書は,アメリカ高等教育のアカデミック・キャピタリズム的な知と学問の現状,発展,課題について包括的に論じたものである。
本書の重要な指摘は,単にアメリカの大学の商業主義を批判しているのではなく,それらが「政策、媒介組織と新しいすき間組織、アクターとその実践から成る複雑な配置やネットワークの中に埋め込まれている」(p.490)と指摘する点であろう。
埋め込まれている側の政策やアクター,ネットワークの側が,社会と適切に関与し,得られた利益を未来のために再投資することが推奨されているように思われた。
章立ては以下のとおり。

第1章 アカデミック・キャピタリズムの理論
第2章 アカデミック・キャピタリズムの政治的背景
第3章 特許政策:法律の変化と商業的拡張
第4章 特許政策の影響:学生と教員
第5章 著作権:大学の政策と実践
第6章 著作権の影響:大学の中心的機能の商品化
第7章 学科レベルのアカデミック・キャピタリズム
第8章 大学執行部のアカデミック・キャピタリズム
第9章 権力のネットワーク:理事長と学長
第10章 スポーツ:契約、商標、ロゴ
第11章 学士課程学生と教育市場
第12章 アカデミック・キャピタリズム的な知と学問の体制

アカデミック・キャピタリズムとニュー・エコノミー―市場、国家、高等教育 (叢書・ウニベルシタス)

アカデミック・キャピタリズムとニュー・エコノミー―市場、国家、高等教育 (叢書・ウニベルシタス)

数理社会学会監修(2004)『社会を〈モデル〉でみる:数理社会学への招待』(勁草書房)を読了

本書は,社会をミクロ・メゾ・マクロにわけ,それぞれを数理社会学的なモデルで見るために,具体的な事例を44個紹介したものである。
大きくは,①行為のモデル②過程のモデル③構造のモデル,の3つであり,詳細には,

1. 合理的選択理論
2. 期待効用理論
3. 確率のモデル
4. 非協力モデル
5. 協力ゲーム
6. 社会的選択理論
7. 閾値モデル
8. 微分方程式モデル
9. ネットワークのモデル
10. 構造モデル
11. その他のモデル
12. イミュレーションの技法
13. ミクロ・マクロ・リンクの技法

の13が紹介されている。

社会を“モデル”でみる―数理社会学への招待

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粕谷祐子監訳・ポーリピアソン著(2010)『ポリティクス・イン・タイム:歴史・制度・社会分析』(勁草書房)を読了

本書の論点は,政治学を初めとする社会科学において,時間的次元をどのように,なぜ組み込むのかというものである。
章立ては以下のとおり。

第1章 正のフィードバックと経路依存
第2章 タイミングと配列
第3章 長期的過程
第4章 制度設計の限界
第5章 制度発展

とりわけ勉強になったのは,第4章と第5章である。
第4章では,そもそも制度設計が合理的になされ,一直線に効果の発露へ向かうという前提に疑義が呈される。
具体的には,①制度のもつ多様な効果②設計者が必ずしも効率を考えないこと③設計者の考える時間軸が短いこと④制度が予期しない効果を発揮すること⑤環境が変化しうること⑥異なるアクターが制度を引き継ぐ際に断絶が生まれうること,といった限界があるというのである。
これらの限界について,時間が経てば学習や競争によって改良される見込みがあるという。
第5章では,第4章を踏まえて,変化から発展へ議論を移す。
制度は一般に可塑性が低く,変化のほとんどは漸進的に起こる(p.202)が,改革者が何らかの変化を起こすならば,制度の「取換」と「転用」の費用・便益を勘案せねばならない(p.205)という整理を行う。

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