松宮慎治の憂鬱

'04京都橘高校卒→'08大阪教育大学卒、私立大学に職員として奉職→'17広島大学大学院教育学研究科博士課程前期高等教育開発専攻修了,そのまま後期課程在学中。とあるきっかけ(http://shinnji28.hatenablog.com/entry/2015/01/10/050000)があって、実名でブログを始めることにしました。特に憂鬱なことはないのですが、大学職員仲間がタイトルを考えてくれたので、そのまま使います。

高等教育基礎演習Ⅰ(実践研究) 課題⑫私が実施したい主体的な学習教育―「教職課程の学生同士による学びあい」(ブラッシュアップ版)―

島先生ご担当回のラストでした。


2015.7.16

高等教育基礎演習Ⅰ(実践研究) 課題⑫

私が実施したい主体的な学習教育―「教職課程の学生同士による学びあい」(ブラッシュアップ版)―

M156296 松宮 慎治

1.主体的な学習の大きな枠組み(前回と同じ)
 『IDE現代の高等教育』第543号を拝読し、島先生のご指導を踏まえて以下のような主体的学習の「大きな枠組み」を検討した。
◆時代背景
・社会構造の変化、価値観の根本的な転換(佐々木)
・「教授」から「学習」へ(吉田)
・進学者の増加(猪口)
◆「主体的」とは?
・生涯学び続け、答えのない問題に対してどんな環境にあっても何とか答を見出していく力(安西)
・未知の問題に対する真摯な探究(金子)
・「ライフスキル」の重要性(島田)
◆促す方法
 -授業方法の改善
ディベート、ディスカッション主体の授業方法(安西)
・授業方法が、学習時間と関連をもつ(金子)
・教育と研究との相乗効果が発揮される教育内容・方法を追究する(舘)
 -環境の改善
・外国人との学び(安西)
学生寮の設置(安西)
 -方針の明確化
・「指針」を明確に(佐々木)
・学生に学びの有効性を理解させる(居神)
 -教育課程の改善
・カリキュラムの体系化と組織的な教育活動(佐々木)
・教員の負担減(佐々木)
・「授業」「自律的学習」「制度的な学習の外で自主的に行う学習や経験」という3つのレベル(金子)
・体系的なカリキュラム編成(吉田)
-学生視点
・学びの共同体の再構築(「ゼミ仲間」「受講仲間」というウイークタイズ)(島田)
・意志に基づいた履修行動が満足度の高さに結び付く?(山田)
◆なぜ必要なのか?現状への批判
-学習時間が少ない
・日本の大学生の学習時間が少ないという事実(安西)
・学習時間が欧米の学生の半分→授業時間の前後での学びで解決(佐々木)
・「学習時間」を「始点」として(佐々木)
・学習の端的な量的指標としての学習時間に着目した『審議中間まとめ』(金子)
-構造の問題
・米国とのシステムの違い、就活の時に学びが参考にされないという問題、流動性の低さ(安西)
フンボルト理念にアメリカの枠組みを付加したが、アメリカの制度の要素を十分に導入しなかった(金子)
・日本の学習構造では、授業と、自律的・自主的な学習が分離→教育と学習の統合が必要(金子)
-カリキュラム設計の問題
・何をどのような範囲で、どのような順序で教えるべきかの議論が必要(吉田)
・授業科目の軽減が必要(猪口)
・授業時間数が多すぎて、予習復習の時間がとれない(小笠原)
・研究室、ゼミへの信奉がその他の授業の質低下を招いている(小方)
◆現状への部分的肯定
・卒論、卒研は自律的学習(金子)
・研究室での活動は、学生間の学び合い(金子)
・日本では、授業への出席に費やす時間が多い(吉田)
・学生は学習しているし、学びたがってもいる(大学に問題がある)(松本)
◇その他
・「学習」と「学修」の違いはどこにあるのか?どういう意図、意味で使い分けられるか?

2.枠組みを踏まえた主体的学習の定義(新規作成)
 今回課題となっているIDEの論稿では「主体的学習」の内容に幅があり、これらの論稿に基づいてただちに明確な定義づけを行うことは困難である。しかしながら、一定程度通底するものとして二つの要素が析出できる。一つは「単発ではない」ということ、もう一つは「他者との交わりがある」ということである。「単発ではない」ということは、いわば小道具のように既存の枠組みに付加されるものでは決してなく、全体の中での位置づけの中で実行されるという意味内容をさす。たとえば、指摘されているカリキュラム設計の問題や教育システムの構造的問題等の全体に効果を与えることで、はじめて主体的学習となりうる。「他者との交わりがある」ということは、学生が個人の中で学びを完結させた状態では主体的とは言い切れないという意味内容をさす。たとえば、ディスカッションや研究室での活動のように、他者と学び合うことによって主体的学習となりうる。
 この二つに、自身が重要だと考える「学生個人の自己変容」の要素を加えて定義づけとしたい。「学習」とは何らかの学びを経ることによって、学生個人を構成する細胞が全く別のものに入れ替わり、新しい自分に変容することではないかと考えられる。このことを前提とすれば、何らかの学びを目の前にして、その内容が学生個人にどのような影響を与えるかということを当人が事前に予測することは本来できない。「まさか自分がこうなるとは思わなかった」というレベルの変容があることが望ましい。すなわち、「学習」とは自己変容のプロセスそのものであり、大学はそうしたプロセスを経ることのできる環境を学生に用意する必要があるのである。
 以上を踏まえて、主体的学習を「他者と学び合いながら、学生個人に継続した自己変容を促す仕組み」と定義する。
 「他者との交わり」(IDEから析出)+「単発ではない」(IDEから析出)」+「学生個人の自己変容」(自身で付加)=主体的学習
 
3.企画案(一部付けたし)
 ヒト・モノ・カネ以外の、限界の見えにくいリソースとして「学生同士の学びあい」を検討する。学生同士の学びあいには波及効果があると思われる。すなわち、友人が学んでいると自分も学びたくなり、ひいてはお互いに学びあうようになり、そうしたコミュニティが複数生まれると、学びのコミュニティ同士の切磋琢磨が始まる可能性がある。
 以上を踏まえて、ここでは、A大学の教職課程を事例に、次のような企画を検討する。
【前提】
 A大学の教職課程では、各授業科目の教員が科目の裁量内で個別に学生を指導している。かかる状況にあって、学生のコミュニティは特定の学年の特定の教科という小集団に留まっている。
【企画案】
A大学は目的養成の大学ではないため、教職課程を履修する学生は自ら卒業要件外の科目を修得している。それゆえ、卒業要件の科目のみを修得する大多数の学生とは学びの共感が得にくいという問題がある。そこで、「職員として」以下のような段階を踏みつつ、教員免許状を取得する、あるいは教師を目指すといった共通の目標のもとに、共感しながら学び合う学習コミュニティの形成を目指す。
(1)教職課程の担当教員との意思疎通を図りながら、学生同士が学びあうコミュニティの形成に関する心理的合意をとりつける
(2)2~3人の既知の学生に声をかけ、上記の検討事項を伝え、「やってみないか」と煽る
(3)試行的に、何らかの目的をもった公開勉強会を開催する。参加者数は少なくてもよいので、とにかく1度実施する。また、実施するにあたってはお知らせの配信と掲示で宣伝する
(4)(3)の終了後、どれほど参加者数が少なくても「実施した」という実績を再度お知らせの配信と掲示でアピールし、「本学は学生のこうした自主的な学びを応援する」という文言を添える
(5)(4)を2~3回繰り返す
(6)(3)の発展形として、公開模擬授業を実施する
(7)(5)の段階になれば、そろそろ自主的な勉強会を始めたいという声が集まってくる。場合によってはサークルという公共性を帯びたものが結成される
―ここまでの段階で、学年も教科も超えたコミュニティが形成され、当初存在していた
特定の学年の特定の教科という小集団に留まっていた状況は(少なくとも一部では)
クリアされる
(8)コミュニティの学生に、新入生ガイダンスでの登壇や、教員免許状更新講習等を依頼し、大学の運営に部分的に関与してもらう
―ここまでの段階で、学生同士が完全に自主的に機能しはじめ、持続可能な活動になり
うる可能性が芽生え始める(新入生の勧誘等、正規のコミュニティとしての性格を帯
び始める)
(9)他大学の教職課程履修学生とともに、公開模擬授業を実施する
 ―ここまでの段階で、大学の枠も超える
(10)他大学の教職課程履修学生とともに、教員採用試験の直前に勉強合宿を開催する
【持続可能性への補足的取組み】
 こうした企画を大学で実行する場合に、散見されるのが企画の中心に特定の教職員がいて、その特定の教職員の異動に伴って活動が縮小あるいは消滅することである。特定の教職員の異動に伴って活動が縮小あるいは消滅するのであれば、それは特定個人の名人芸による営みに依存しすぎていることを示しており、自身の定義づけにおける「仕組み」には至っていない。何より、特定の教職員がそれほどまでに学生の活動に影響を与えてしまっているのであれば、それは明らかに他律性に依拠していることから、「主体的学習」とは趣を異にする。
 本企画においても、特定の職員の名人芸ではないかという批判は現段階では免れないと思われる。したがって、以下のような補足的取組みによって、企画の「仕組み」化を図りたい。
 (1)教員にアピールする
  学生たちがどのような活動を行い、どう成長しているのかについて、定期的に教職課程の専任教員にレポートの形で報告する。このことによって、学生の頑張りが教員に伝わり、教員から学生へのフィードバックが正課の場面等で行われることが期待される。
 (2)職員にアピールする
  教員向けのレポートについて、同僚の職員に同報でアピールする。ただし、「自分は素晴らしいことをやっていて、だからみなさんもすべきだ」というような押しつけがましい報告はしない。「こういう面白いことをやってるんですよ」とさりげなく示すことで、「自分もかかわりたい」と思ってくれるような人を増やす。
 (3)定期的なイベントを企画する
  たとえば、「模擬授業研究大会」のように、学生同士が模擬授業を披露する場を固定で年1回実施することにする。これを1~2年実施すれば、文化として当然そういうものがあるのだという前提を作れる。結果として、自身の異動等によって万が一現在の活動が縮小されたとしても、年1回のイベントという最低ラインは保守できる。現実の問題として、年1回必ずやるとされるイベントが存在すれば、それに向けた何回かの活動は自動的に保障されると考えられる。

5.本企画の強みと弱み
 本企画の強みは実現可能性にある。実際に一年以上かけて勤務先で実行しており、学生の力によって一定程度の成果が見えてきつつあると考えている。一方、本企画の弱みは、持続可能性にある。自身の異動等によってその後の活動がどうなるか、という点については、本当のところ結果を見てみないとわからない。しかしながら、現在の自身の立場で打てる手を打ち、諸活動が縮小、消滅することなく、むしろ発展するような仕組みづくりに注力したい。