松宮慎治の憂鬱

タイトルは友人が考えたもので,某アニメのことはわかりません。sanjyuumatsu@gmail.com

2020年3月に読了した小説,評論,エッセイ,漫画

味の素 「残業ゼロ」改革

味の素 「残業ゼロ」改革

  • 作者:石塚 由紀夫
  • 発売日: 2019/10/17
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
面従腹背

面従腹背

第2回私立大学職員おしゃべりカフェについて

以下のとおり開催します。よろしければお越しください。

日 時:2020年6月15日(月)19:00-21:00
対 象:
・私立大学の職員という仕事につきたい大学生
・私立大学の職員という仕事につきたいというほどではないけれど,興味関心のある大学生
・就職活動に悩んでいる大学生
内 容:
 参加者の方と,現役の私立大学職員がオンラインでおしゃべりするだけです。
参加の方法:
 (1)sanjyuumatsu@gmail.com へ,6月8日(月)までに,お名前と参加希望の旨を連絡いただく
 (2)数日前に,いただいた連絡先へ会場(ZoomのミーティングURL)をお送りする
 (3)会場で好きにしゃべる
お待ちするメンバー:
 榎並 基仁(追手門学院大学財務課兼理事長室,2008年入職)
 松宮 慎治(神戸学院大学教務センター,2008年入職)
その他:
・申込者が多い場合は抽選とさせていただきます。結果はURLの送付をもってかえさせていただきます
・双方向のコミュニケーションを重視したい都合上,カメラオンによる参加をお願いできればと思います
・質問がおありでしたら,事前に送っていただけると助かります

なお今回,1回目に参加いただき,内定を出て実際に4月から大学で勤務されている方に,ゲスト出演いただきます。お楽しみに!
祝:第1回私立大学職員おしゃべりカフェに参加いただいた方から内定が出ました - 松宮慎治の憂鬱

論文が出ました:「私立大学等経営強化集中支援事業は経営を改善するか」『大学論集』第52号,pp.35-49.

よろしければご批判ください。
私立大学等経営強化集中支援事業は経営を改善するか - 広島大学 学術情報リポジトリ

大学の教育研究は不要不急なのではないでしょうか

標記の葛藤を,今しか書けないと思うので残しておこうと思います。
3/31に,以下の記事において,
【3/31 以降随時編集】新型コロナ禍において活性化するアカデミアの連帯と積極性 - 松宮慎治の憂鬱
次のような記述をしました。

日曜日(3/29)から月曜日(3/30)の昼にかけて,(当たり前ですが)大学の教育研究は命よりも大切なものではないな,という気がして参りました。
現状,最優先すべきは医療,行政,福祉,インフラ,物流であって,大学ではないなと。
したがって,上記のように「いかにして授業をやるか」を考えていたのは,自分の職業上のバイアスかもしれません。

5月に入った今,早い大学は非対面(オンライン)授業を4月末から開始しており,そうでない大学はGW明けからの開始に向けて,必死に準備しているところだと思います。
自分もその例外ではありません。3月末に記載した「職業上のバイアス」は,そのとおりに現実のものとして展開されたわけです。
しかしわたしは今はじめて,自分のこの仕事が,社会に役立っているかわからない,むしろのちに批判されるかもしれないと感じています。
なぜか。高等教育は,義務教育ではないからです。一方,義務教育は,まともな再開のめどが経っていないからです。
今回の危機は社会システム全体の危機なので,教育というサブシステムも危機的な状況に陥るのは当然です。
そうしたときに,教育という枠組みにおいて優先されるべきは,高等教育でしょうか?
わたしはそうは思いません。優先されるべきは,明らかに義務教育です。
普通の公立の小中学校に,非対面(オンライン)授業に耐えうるインフラはありません。
もしも大学だけが,非対面(オンライン)授業で学生が学習を完遂し,他方で義務教育が捨て置かれたら,どうなるでしょうか。
大学は,他の教育段階に比べて初めから整備されていたインフラを使って,学費収入のために,自己中心的に事業を継続しようとしただけではないか,という批判を免れないのではないでしょうか?
そして,3月末に,多くの企業や経営者が活動を自粛し,医療,行政,福祉,インフラ,物流を優先し,医療崩壊を避けようというさなかに,一生懸命,事業の継続のために出勤しているのは,果たして妥当でしょうか。
こうした批判に応える術が,今の自分にはありません。
それゆえ,自分が今一生懸命にならざるをえない仕事が,社会の役には立たず,未来において批判されるかもしれないという葛藤を抱えています。
就職してから初めてのことです。

お知らせとお願い:オンライン授業におけるTips等のまとめの公開と共同編集について

標記のまとめを以下に公開しました。
オンライン授業におけるTips等のまとめ - Google スプレッドシート
このようなものを作成した背景には以下の問題意識があります。
現在,全国の大学でオンライン授業の準備が進んでいますが,ややツールの習熟が優先しているような気がしております。
しかしながら,本来重要なのは,ツールの習熟ではなく学習内容の構築であるはずです。
ツールのあれこれが一覧でわかりやすくまとまっていれば,それぞれの先生方の需要に応じて検索する等ができ,より一層内容の構築に力を割いていただけるかなと考えました。

賛同いただける方もそうでない方も,もし「編集に協力しよう」というお気持ちになっていただけるようでしたら,sanjyuumatsu@gmail.comまでご連絡いただければと思います。
共同編集者に追加させていただきます。
お願いしたいことはほんの少し,以下の2ステップのみです。

①何らかのTipsをウェブ上で見つける

②こちらのまとめに追記する

「人間は非合理的なので失敗するのではなく、むしろ合理的に行動して失敗する」:今こそ読んでおきたい『組織の不条理』(菊澤研宗著)

今の状況で,「なぜうちのトップはこうなんだろう」「なぜあの人はああなんだろう」と思うことがあるだろう。
しかしながら,人間は完全合理的な存在ではない。
当然だが人間は神ではなく,考えは常に,必ず不完全である。これを限定合理性という。
このような限定合理性の立場から組織を描いたのが,菊澤(2017,文庫版)である。今こそよみたい良書である。

類書として有名な『失敗の本質』がある。この『失敗の本質』には,次のような限界があると菊澤は指摘する(pp.4-5.)。

 しかし、『失敗の本質』の基本的なスタンスは、合理的な米軍組織に対して非合理的な日本軍組織という構図があり、それゆえ日本軍の組織より合理的であるべきであったという流れになっている。つまり、完全合理性の立場に立って、日本軍の戦い方の非合理性を問題として分析するという形になっている。
 ところが、1990年代、企業理論や組織論の研究分野では、完全合理性の立場から現実を分析するのではなく、人間はもともと不完全であり、限定合理的な立場から分析する研究がはやりはじめていたのである。当時、この限定合理性の立場で研究していた私は、人間は非合理的なので失敗するのではなく、むしろ合理的に行動して失敗するというきわめて不条理な現象が起こることに気づいた。そして、このような立場から改めて大東亜戦争での日本軍の戦いを分析してみたいという思いが書いたのが、本書なのである。

つまり,自分から見ておかしい行動をとっている人も,その人なりに合理的だと思って行動している,ということになる。
ここで重要なのは,自らの限定合理性を謙虚に認めることだろう。
「なぜうちのトップはこうなんだろう」「なぜあの人はああなんだろう」と思っているうちは,自分の限定合理性を捨象し,正当性を過大評価している可能性がある。
とりわけ危機的な状況においては,自分が完全であると思っていると失敗する。
情報を共有し,異なる立場から議論を交わすことで,限定合理性は多少なりとも組織的に解決できるかもしれない。
そのような形で,一人ひとりのもっている能力を積極的に借りる必要があるだろう。
それがマネジメントの重要な役割のひとつである。