松宮慎治の憂鬱

'04京都橘高校卒→'08大阪教育大学卒、私立大学に職員として奉職→'17広島大学大学院教育学研究科博士課程前期高等教育開発専攻修了,そのまま後期課程在学中。とあるきっかけ(http://shinnji28.hatenablog.com/entry/2015/01/10/050000)があって、実名でブログを始めることにしました。特に憂鬱なことはないのですが、大学職員仲間がタイトルを考えてくれたので、そのまま使います。

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2016.12.4

【非ステマ】ietty | イエッティ[オンライン接客型不動産]がものすごく便利

ステマじゃないよ

9月の中旬に引っ越したのだが,そのとき使った不動産サービスが素晴らしかったので紹介したい。
あらかじめ断っておくと,ぼくはこの会社から何の利益供与もされていない。
ただただ純粋に素晴らしいサービスで,感動したので,もっと広がるといいなと思って紹介する次第である。

不動産業界に対する不満

これまで何度も引っ越しを試みて断念してきた。
その理由は,不動産賃貸業の方法にある。
今まで持ってきた不満は,主に2点である。

(1)おとり物件がある
(2)時間がかかる

まず1点目について。
「おとり物件がある」というのは,要するに消費者に対して嘘をついているということである。
おとり物件を知らない人のために説明しておくと,明らかに条件の良い賃貸をウェブ上に登録しておくことによって,消費者を店舗に誘導するというのがその手法である。
現実には,そのような物件は存在しないか,既に入居者がいる。
しかし,条件は良いので消費者はその物件について照会し,店舗に来る。
このとき,言葉巧みに,「いや~お問い合わせの物件ですが,もう別の人が抑えてしまいまして…」と言い,「似たような物件ならご紹介できます!」という流れになる。
そして2点目に至る。
ひたすら様々な物件に連れまわされる時間のはじまりである。
色々見ながら決めたい人にとっては良いのかもしれないが,ぼくは即断即決したいので苦痛しかなかった。
そもそも,興味がある物件を見に店舗にやってきたわけで,「その物件が抑えられている」となった時点で,話は終わりなのだ。
以上のような工程を経てしまうと,実質的には半日程度の時間を消費することになる。
ぼくが就職したとき,不動産会社には散々いやな目にあったのだが,上記がその代表である。
「こんなクソみたいな構造はいつか終わるだろう」と思ったのだが,10年たっても変わらなかった。

イエッティの素晴らしさ

ところが,である。
今回利用したイエッティいうとサービスは,上記の全てをクリアした。
実際利用していただけるとわかるのだが,イエッティのサービスはLINEのようにチャット形式で利用することができる。
つまり,非同期型コミュニケーションが可能なのである。
この時点で素晴らしいのだが,まだある。
イエッティのサービスでは,最初に条件を登録すると,条件にあてはまる物件を送ってくれる。
それに対して,色々な評価を行い,その評価にもとづいてまた新たな物件が提示される。
おそらくは,評価に対する単調な条件の入れ替えはAIが行い,チャットによるコミュニケーションは人間が担っているのだと思う。
このプロセスを繰り返すことによって,提示される物件が個人に最適化されてゆく。
まだある。
このサービスでは,おそらくおとり物件がない。
今回の引っ越しでまずぼくがやったのは,普通のよくある賃貸情報サイトを確認し,「この部屋に入りたいんですが」とチャット上で示したことである。
これに対し,「管理会社に確認しましたが,既に埋まってしまっているようです」という返信がきた。
この時点で,「お,このサービスはいいぞ」と思った。
少なくとも,賃貸情報サービスでよさそうな部屋を見つけたときに,イエッティで照会すれば,それが本当に存在し,公開されている物件なのか,それともそうではないおとり物件なのかがわかると思ったからである。
すると,何日かしてから,「先日お問い合わせの部屋ですが,あきました」という連絡がきた。
その上で内覧を行い,契約をしたという手順である。

あまりの感動に…

ぼくはこのサービスのあまりの素晴らしさに,内覧を行う前から契約することを半ば決めていた。
そして事実そのとおり,内覧を行ったその場で契約すると営業の人に伝えた。
仲介手数料は家賃の1か月分だが,これは一般的な水準であるし,なんならもっと払ってもいいくらい感動した。
とても感動したと同時に,「こんなことやってたら,業界につぶされるのでは?」と思い,営業の人にその質問をぶつけてみた。
今のところそのようなことはないらしい。
こういう会社がもっと広まるといいなと思い,応援のために株を買いたいとすら思ったのだが,残念ながら上場はしていないらしい。
ちなみに,夜に内覧に行ったので申し訳なく思ったのだが,残業代はきっちり払われるとのこと。
就職活動をする学生にもおすすめである。
はっきり言ってこの方法は業界をまるっきり新しくする可能性がある。それもめちゃくちゃいい方向に。
デメリットがあるとすれば,まだ地方では利用できる範囲が限られることくらいだろう。
この問題は,時間が解決するに違いない。

ietty.me

木村誠(2017)『大学大倒産時代:都会で消える大学、地方で伸びる大学』(朝日新書)を読了

業界関係者の端くれとして読んで置かねばならないと感じ,読了した。
あまり期待せずに読み始めたのだが,至極まっとうなことが書かれている部分もある。
たとえば,「教育と研究が相乗効果を生むのが大学」「公立大のDNAは地域貢献なのに、私大が公立化すると地元の高校生が進学できない」「人文社会系学部では民間からの資金を得る機会が乏しく、公的補助金の獲得に走るため…短期的に成果が望めるテーマに走ってしまう。今のままでは地方国立大学は地方都市とともに消滅する」といった指摘はあてはまりがよい。
他方,明らかに間違っているように見える指摘もある。
ぼくがもっとも問題だと思ったのは,「頑張っている私立大学」を考えるときに,経常費補助金の一般補助を分母,特別補助を分子とした数値を示し,特別補助の割合が大きければ「頑張っている」と評価している箇所である。
※同じような記述は,以下の記事にもある。
biz-journal.jp

要は,特別補助というのは競争的資金だから,いっぱいとっているとすごい,と考えられたようなのだが,ここまではギリギリ問題なくとも,それを一般補助との対比関係でとらえるのは問題がある。
一般補助と特別補助の算定式からして,一般補助に対する特別補助の割合が高い=特別補助をいっぱいとって「頑張っている」大学,とはならない。
一般補助の大半は教職員数や学生数等のインプットであるから,このような指標を用いてしまうと,分母の小さい小規模大学が「頑張っている」と評価されやすくなるだろう。
小規模大学が頑張っていること自体は全く否定しないのだが,このような書き方をしてしまうと,知らない人は私学助成を誤解する。
2年前に私学運営費の10%を切ったといえ,私学助成は税金であるから,誤解されることは避けたいのである。

ところで,このような「大学倒産ブーム」は2000年代にもあった。では,実際にどれだけの大学が倒産したのかというと,全然である。
このような状態は面白い。
だから,「大学倒産ブーム」が,なぜ,どのように起こるのかということについて,この手の書籍の言説分析をしてみたい,という気持ちを前からもっている次第である。


永田夏来『生涯未婚時代』(イースト新書)を読了

「これはとんでもない本を手にとってしまった」と思ったが,結論から言うと非常に面白かった。
本書のレビューは以下のとおりである。
第1章ではまず,「生涯未婚時代」の定義を行い,結婚をめぐる言説の整理と部分的批判に取り組んでいる。
たとえば,未婚の説明としてしばしば用いられる「先延ばし」は,実態から乖離しているらしい。
第2章では,「生涯未婚時代」を男性視点で分析する。
具体的には,しばしば言及される,未婚理由としての経済力の不足は説明力が弱く,むしろ共働きの環境が不十分であることや,経済力や「モテ」要素が,男性同士のマウンティングに用いられていることを述べる。
続く第3章は,女性視点の分析である。
はじめに,「(サザエさんの)フネとキョンキョン小泉今日子)は同い年」という強烈な例示から,女性の縁どられ方が時代によってかなり異なることを指摘する。
また結婚の形態として,「玉の輿」のような上昇婚がしばしば語られるが,丁寧に対象を分析していくと,現実には同類婚が多いことを明らかにする。
そして,現在の未婚女性は,結婚を否定はしないが,当面の選択としてしないという静態的な諸相を帯びていることを示す。
第4章では,以上のような「生涯未婚時代」が,どのような価値観の転換によってもたらされたかを述べる。
たとえば,「若い男性の性的関心の減退」「セックスがかっこよかった時代の終焉」「コミュニケーションのありかたの変容(「ノリ」「友達親子」等)」などである。
この結果,人生は結果ではなく,個々の選択の積み重ねであり,そのプロセス自体が大切にされるようになったと整理する。
第5章では,未婚者の包摂に関連して,こうあるべきという理想像をもつと逆に危険であることを指摘する。
アメリカにおける,スターが若くして結婚し,5年程度で離婚すること(「スターター・マリッジ」)を引用しながら,彼らは必ずしも短絡的に結婚→離婚を行ったのではなく,堅実な家庭に対する強い理想をもっていたがために失敗してしまったのだと言う。
つまり,結婚はその内実によっては逆にリスクになることがあるので,生活上のリスクをマネージすることが本質であると喝破する。
生活上のリスクをマネージすることが大事であって,この形のひとつが家族だったというのである。
最終章では,「生涯未婚時代」の課題が指摘される。
本来であれば,結婚する・しない,子どもをもつ,もたないは個人の選択であり,そのことでうまくいかない部分があるのならば,社会制度の見直しが必要である。
しかしながら,戦後日本は福祉コストを家族に肩代わりをさせてきたので,うまくいかないことの原因を家族に求めてしまう。
学校教育の例がそうであるように,横並びで考えることから脱却しなければならないと筆者は言う。
その上で「生涯未婚時代」の隘路として, 独身のままで人生を終える選択肢が示されていない一方,結婚したから安泰とも言えない」という現実を指摘するのである。

本書をぼくなりに解釈し,そのキーワードを考えるならば,「ニュートラル」と「多様性」であると思う。
筆者の主張は,結婚をする人生もしない人生も同じように素晴らしい,そういった「ニュートラル」な価値観をもちつつ,選択肢を増やすことが大切だということにあるだろう。
前者の視点でいえば,結婚したからどう,しなかったからどうといった,固定的な枠組みの言説から意図的に離脱することが必要だし,後者の視点でいえば,結婚に限らず,多様な選択肢があることを世間が許容する必要があるだろう。
翻って自身のことを考えれば,自分は価値観としてはリベラルであり,「多様性」を尊重する方であると自覚しているが,結婚だけはどうしても「した方がよい」という昭和的価値観から抜けきれない。
この理由は単純で,幼い頃から親の世代を見て,「大人になったら結婚するものだ」という刷り込みを社会から黙示的にされてきたためである。
ぶっちゃけていえば,ぼくはもう制度としての結婚は既に崩壊していて,みんなやめればいいのにと思っているし,別に事実婚でいいだろうと思っている。
ただ,このような社会的刷り込みは非常に厄介で,本音の部分で離脱することが難しい。
それに,普通は価値観というのはゆっくりと変容するから,このような本音を開陳して受け入れてくれる相手がそういるとも思えない。
したがってもしぼくが結婚することになれば,それは自分の離脱しきれなかった本音と,相手の価値観に殉ずることの足し算の帰結と言えるだろう。
しかし考えてみれば,恋愛結婚そのものが,ぼくの親が第一世代であろうし,その子どもの世代であるぼくが,また別の選択をする世代であるというのは自然であるような気がする。
そのことに関連して,東京都議のおときた氏が突然ステップファミリー婚を選択されたことには大きな衝撃を受けた。
ぼくよりも若い人でも,結婚に悩んでいる人が多くいる。思うのは,このような多様性がどんどん広がって,みんなが息苦しくならなくなればいいな,ということである。
otokitashun.com
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生涯未婚時代 (イースト新書)

生涯未婚時代 (イースト新書)

マイケル・ギボンズ編著,小林信一監訳(1997)『現代社会と知の創造―モード論とは何か』(丸善ライブラリー)を読了

かなり今さらなのだが,標記の本を読了した。
2年くらい,読まねば読まねばと思ってようやく読めた。
しかし,内容的には結構読むのがつらい。
冒頭の小林先生による解説がもっともわかりやすい。

ディシプリンの内的論理で研究の方向や進め方が決まるのがモード1、社会に開放された科学研究のモードがモード2となる。(p.5)

要は,知識生産のありようが,学問ありきではなく,社会の要求ありきに変化してきた,そのことを説明する枠組みとして「モード」というコンセプトを導入した,ということである。
知の生産主体であるところの高等教育や大学に対する言及もかなりある。
ある意味で当然のことかもしれないが,自分としては予想外だった。

現代社会と知の創造―モード論とは何か (丸善ライブラリー)

現代社会と知の創造―モード論とは何か (丸善ライブラリー)

デレック・ボック(宮田由紀夫訳)(2004)『商業化する大学』(玉川大学出版部)を読了

本書は,教育,研究,スポーツの3つを中心に,大学におけるそれらの取組みが商品として売り出されることに警鐘を鳴らすものである。
大学の取組みが商業化することによって失われるものがあり,さりとて商業化から常に距離を置けるわけでもない,という難しさはあるとしつつ,一貫して懸念を示す論調である。
特に何度も取り上げられていたのは,アメフトやバスケの商業化であり,それを促す全米大学体育協会NCAA)である。
近年,「日本版NCAA」の推進を耳にすることが増えたが,本場アメリカにおいても,大学スポーツの商業化に批判があることは知っておく必要があるだろう。

商業化する大学 (高等教育シリーズ)

商業化する大学 (高等教育シリーズ)

堂場瞬一(2017)『誤断』(中公文庫)を読了

標記の本を読了した。
薬害の隠ぺい工作を命じられた製薬会社勤務の主人公が,悩みながら最適解を探す話。」

誤断 (中公文庫)

誤断 (中公文庫)