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松宮慎治の憂鬱

'04京都橘高校卒→'08大阪教育大学卒、私立大学に職員として奉職→'15広島大学大学院教育学研究科博士課程前期高等教育開発専攻。とあるきっかけ(http://shinnji28.hatenablog.com/entry/2015/01/10/050000)があって、実名でブログを始めることにしました。特に憂鬱なことはないのですが、大学職員仲間がタイトルを考えてくれたので、そのまま使います。Twitter : sanjyuumatsu,e-mail : sanjyuumatsu@gmail.com

【2018年3月までトップに掲載】教職関連,特に再課程認定申請関連のお問合せがある方はこちらへ → sanjyuumatu@gmail.com

教職

何かございましたら,いつでもお問合せください。
shinnji28.hatenablog.com

2016.12.4

大学卒業の思い出

生活

昨日職場で学位記授与式があって、卒業生のみなさんと話したあと、自分のことを思い返していました。
入学式などもそうですが、こうした場にほぼ必ず立ち会うことになるために、「自分はどうであったか」を必ず思い出させられる(半ば強制的に)、そういう宿命を感じました。
良いとか悪いとかではなく、どう抗ってもそうなるわなあ、ということです。
世の中には、大学の卒業式のことなど一顧だにしない方もいらっしゃるかと思いますので。

ぼくは必ずしも充実したキラキラした大学生活を過ごしたとはいえなくて、むしろその逆であって、であるからこそそうした経験がいまの仕事に生きることもあるのですが、それはともかくとしても。
なんだかんだいって、所属していた専攻•コースは合わせて25人くらい、うち男は7人の小さな所帯で(もう総数は正確には思い出せない…)、当然授業なんかも被るし、時々はそれなりの関係性を築くなどしてきました。
たとえば最後の夏休みに奈良の奥地にキャンプに行くなどです。
あとは、所属の専攻•コースは自分の学会をもっていて、そこでは3年次のときにゼミで研究発表をしないといけなかったり、あるいは卒論の中間報告で先生方からボコられるなどして、正課の中でもそれなりの時間を過ごしてきました。

2008年の春に行われた卒業式は、八尾プリズムホールという近鉄八尾駅で行われました。
入学式に行って以来かな?略称は「八尾プリ」です。
学内の施設では収容できなかったっぽいです。
今は毎年寒い気がしますけど、そのときはもうこの時期あったかかった気がするんですけどね。気象がおかしくなってるんじないでしょうか。
卒業式のあとは、謝恩会がありました。場所は難波です。
そこで、たしか終電くらいまでは一緒に過ごしました。
そのあと、男だけで難波のカラオケに行って、徹夜しました。
いわゆるカラオケオールですね。
ほぼ2年ぶりくらいにカラオケオールとやらをしました。
で、そのまま始発で解散しました。

以来、同じメンバーで集まったことは一度もありません。男だけでも、です。
一度卒業後3年目くらいのときに、ある友人の結婚式の際に男全員に声がかけられましたが、集まったのは5人でした。
何かがうまくいかなかったのか、あるいは良し悪しではなくて、初めからそういうものなのか、ぼくにはわかりません。
しかし個人的には、自分の責任も認めつつ、やっぱり残念だな、という思いが消えません。
でも、やっぱりそんなもんなんだろうとも思います。
昨日卒業された方の中にも、ゼミ、サークル、なんでもいいのですが、かなり仲の良いグループに所属していたとしても、そのメンバーが再度集まることは、おそらくは、稀です。
個々に約束して会うことはできても、集団として集合するのは、きっと厳しいです。
他方、個々に約束して会うことと、集団として集合することでは、質的に全く違うこともまた明らかではないでしょうか。
だから、集合で会いたいなら、かなり意図して会う必要があって、それが難しい場合、たぶん、昨日が最後になると思います。
そのようなことを、式が終わって帰宅してから考えていました。

学位記授与式です

学生

今日は学位記授与式です。
去年の教育実習の事前指導でも伝えましたが、自分は2012年の6月から今の仕事をしているので、2013年入学の今の学年は、今の仕事で四年間丸々接した世代ということになります。
しかしながら、この時期になると、お祝いや感謝よりも、常に反省の気持ちが先立ちます。
つまり、自分は彼らのためにベストを尽くしたか?という疑問がどうしても拭えないのです。

2013年の5月には、現代社会学部の課程認定申請書を提出し、当該年度で認定を受けました。
翌年の5月にはグローバル・コミュニケーション学部と総合リハビリテーション学部で、翌々年の3月には栄養学部で、それぞれ同じことをしました。
2015年度からは更新講習の仕事を引き継いで、3年かけて受講者を倍々ゲームで増やすことができました。
全ての仕事で、誰でも内容がわかるようにフォルダを整理するとともに、『サルでもわかるシリーズ(マニュアル)』を整備しました。
このように、できる限り市場を圧倒するという意識のもと、目の前の仕事にベストを尽くすことで、職業人としての価値は上昇したと思います。
また普段の業務の市場価値を保つことによって、そのこと自体が大学院で学ぶ際の盾にもなってきたと思います。
普段の業務の市場価値が高ければ、あいつは頭でっかちで、目の前の仕事をしないという批判から逃げられるからです。

ただ、ぼくの言う市場価値は、たぶんこの業界で人材として売れるかどうか、ということに寄りすぎています。
売れようが売れまいが、学生の学びを支援できたかどうかが、本来は1番大切なことです。
また本当にそれができれば、本来はその仕事の市場価値が1番高くなります。
なぜなら、他のことと比べて難しいからです。
最初の課程認定を死ぬ思いでやったあとに、「果たしてこれは自分の思う仕事の本質だろうか?」という疑問を抱き、以来さまざまな取り組みをしてきました。
具体的には、学生同士が自ら学び合って、互いを高め合う環境をどのように作り、そのような機会をいかに提供するかということを考えてきました。
そのために、場を整備しました。他大学と模擬授業の他流試合もしました。今や教職課程のガイダンスは、そのほとんどを学生が担っていて、職員の出る幕はありません。
全ての取り組みについて、一度やったら翌年度は学生の方から、「今年はないのですか?」と言ってくれました。

けれども、このような学生支援は、他の業務と違って時間がかかるものです。本来は。
また、頑張ってもそう簡単に成果が出ません。その意味で、自分は逃げ続けているのかもしれません。
自分がどれだけそこに時間を費やせるか、ということが学生の成長のための重要な変数だと考えたときに、自分は必ずしもベストを尽くしてこれませんでした。
教師に本当になりたい学生が現役で合格すること、これが成果の全てであって、それなしの支援はぼくにとっては「なんちゃって」に過ぎないのです。
そういう反省をさせられるのが、毎年のこの日です。
たしかにめでたい、しかしぼくの能力、支援は不十分だった、そう言わざるを得ない1日です。

できないことを増やす勇気について

私論

できないことを増やす勇気について考えている。
「できないことは、増えているか」と自分に問いながら、増えていればOK、増えていなければアウトだと感じている。
できないことが増えているということは、何らかのチャレンジ、背伸び、トライを意味すると思うからである。
一見、できないことが減っていって、できることばかりになることはいいことだ、という風に考えられる。
しかし、それはもしかしたら、背伸びをしていないことの裏返しかもしれない。
チャレンジ、背伸び、トライをしなかったら、自動的にできないことは減っていって0になる。
これの難しいところは、「できないことが増えると、シンプルにしんどい」というところにある。
できないことが0になったらすごく楽だし、逆に100になったら倒れてしまうかもしれない。
このため、できるだけ、できないことを増やさないでおこう、という気持ちになる。
可能なら、できることだらけで周りを固めたい。その中で満足したい。それが普通である。
そういう自分の本能との葛藤が生まれる。

できないことをどのくらい増やすのか、あるいは増やせるのかというのは、その人の心身の健康状態、能力とのバランスにかかってくると思われるので、「できないことを、増やすべきだ」と他人に強要するのは違うかもしれない。
とはいえ、できないことを増やさずに、できることばかりで自分を固めたとしたら、その結果責任を引き受けさせられるのも、また同じ自分である。
チャレンジはしない、背伸びはしない、トライはしない、でも社会からは相応に評価されたいです、そのような理屈は通用しまい。
そこは、ある程度トレードオフの関係であって、いいとこどりはたぶんできない。

同じ仕事を何年もしていると、絶対にできることが増えていく。
そうした中で、どうやってできないことやわからないことを増やすのか。
なかなか、「こうすればいいのだ!」とは言いにくい。
ぼくは、動機づけとかモチベーションに頼るのは違うと思っていて(なぜならそれらは上下するから)、また目的志向も好きでなくて(現在の自分の能力にその目的が規定されざるをえないから)、
そうしたときに、1つの最適解は、出来事に対する意味づけかなあと思っている。
この仕事には、自分にとってはこういう意味がある。または、社会的にはこういう意義がある。
学生にとっては、こういうことをもたらす、などなどといったことをつらつらと考えている。

誰も興味のないことだと思いますが、ブログの毎日更新は諦めました

私論

誰も興味のないことだと思いますが、ブログの毎日更新は諦めました。
正確には、1日1記事更新ですね。それを諦めます。
まあ、これまでに2回ほど、昨年の3月と9月に数日間途切れているので、実質不完全だったわけですが。
仕事の息抜き等に見ていただいていた方、本当に申し訳ないです。

理由は単純で、時間的•精神的余裕がないからです。
当初は、1日1記事更新することによって、「ヒマだからやってる」という批判をかわす、という戦略もありましたが、もはやそれすら難しくなりました。
それから、この4月から、広島の博士課程前期を修了して、後期にそのままお世話になることになりました(手続きに漏れがなければ)。
快く了解いただき、同時に学長決裁までくださった職場には感謝しています。
はっきり言って、今の仕事なら博士号は不要だと思います。
などというと、また別の界隈から殴られるかもしれませんが、修士はともかく、博士なんてなんで取りに行くの?と言われても仕方ないでしょう。
と、自分では思っていますし、実際大学のトップマネジメントに対する悉皆調査の結果で、事務職員の学位取得に関して、修士までは積極的だが博士になると一転消極的という知見もありました。

にもかかわらず自分はあえて進学するわけですが、修士の延長、この2年間を継続する、という感覚です。
修士の2年を終えて、自分の中で十分な達成感のようなもの、何か1つやりきったというような感慨を得ることができませんでした。
それは研究という意味でも、自分の能力達成という意味でもです。
むしろ満足できない、ダメなところばかりが見えてしまって、後悔しているとすら言えます。
よく聞かれるのは、大学の教員になるのか?ということです。
これについても、かつては無用な忖度をされたくないと思って、いちいち反論していたことがありました。
しかし、今の自分は足元しか見ていなくて、足元の一歩にベストを尽くすことだけで、「未来の何かのために」といった考えは持てない、というのが正直なところです。
先のことやメリットなんて考えてしまったら、東広島に通い続けることはできないです。

そうしてやりたいことをするには、何かを捨てなければいけません。
人からよく思われたいという繊細さや、日々の私生活の満足など、次々に捨てていかないと持ちません。
だから、次はブログの更新を捨てることにしました。

【資料提供】大学行政管理学会 大学改革研究会 2016年度第8回ワークショップ「ともに学ぶ!実務者のための教員免許状更新講習」

教職 JUAM

shinnji28.hatenablog.com
こちらのワークショップについて,自身の報告内容をアップします。
別途配付資料がご入用でしたら,個別にご用命ください。
お忙しい時期に参加いただいたみなさま,場を与えてくださったJUAM大学改革研究会の関係者のみなさま,会場を貸してくださった名城大学さまに感謝します。

www.slideshare.net

小方直幸編『大学から社会へ―人材育成と知の還元』(玉川大学出版部)を読了

読書(大学)

標記の本を読了した。
小方先生の集中講義を受けられたので,その際に直接指導いただきつつ拝読できた。

大学から社会へ 人材育成と知の還元 (リーディングス日本の高等教育 第4巻)

大学から社会へ 人材育成と知の還元 (リーディングス日本の高等教育 第4巻)