松宮慎治の憂鬱

このブログの情報は古く,今後更新しませんので,特に教職課程関連の参照元とすることは避けていただければと思います。ご迷惑かけます。2023.2.19

「本当に強い大学」というフレーズに含意されていること

主として週刊東洋経済であるが,「本当に強い大学」というフレーズが用いられている。
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もちろん,こういった特集は興味深い。
しかし,それ以上に個人的に考えたいと思うのは,このフレーズに含意されていることは何か,ということである。
それは,たとえば次のようなことではないだろうか。

威信(偏差値)にあぐらをかいている大学

派手な宣伝だけで,見かけ倒しの大学

本当は頑張っているのに,世間から見えにくい大学

このような大学を明るみに出して,伝統的な価値観を変えていこう,という雰囲気を感じる。
古くは,2008年から始まった読売新聞の「大学の実力」調査がそうであろう。
キャッチコピーは,「偏差値によらない大学選び」。
NPO法人NEWVERYのWEEK DAY CUMPUS VISITもそうであろう。
キャッチフレーズは,「フダン着の大学を見に行こう」(not化粧をしたオープンキャンパス)。

こうした,大学セクター以外による取組みには批判もあると思うが,伝統的な価値観を脱却するという発想は大学関係者とも共有できるように思う。
たとえば「大学の実力」調査は,退学率や実質就職率といった,従来タブーとされていた情報開示に切り込んだ。
最初のうちは情報を開示しない大学もあったようだが,今となっては開示しない大学には,「よほど悪いんだろうな」といったむしろネガティブな評判が立つようになった。
このような雰囲気にあって,辛いのは偏差値によって伝統的に評価されてきた大学である。
こうした大学は新しい価値を打ち出すのも難しく,また偏差値の呪縛から逃れるのも容易ではない。
一方,そうした輪切りになった偏差値の基準の中で,低い基準に甘んじてきた大学は大きなチャンスである。
にもかかわらず,そうした大学に限って,教職員が旧来の価値観の中で生きていたりするから問題である。
社会の雰囲気は,むしろ旧来の価値観の中で苦しんできた大学を後押ししようという状況にあるにもかかわらず。
旧来の価値観において,いわゆる偏差値下位であった大学は,別に上位の大学を抜く必要はない。
なぜならそれは旧来の価値観だからだ。
全く別の物差しで追い抜くことが,今は期待されている。