松宮慎治の憂鬱

このブログの情報は古く,今後更新しませんので,特に教職課程関連の参照元とすることは避けていただければと思います。ご迷惑かけます。2023.2.19

ギアは意識して入れよう?

働き始めてから,少しずつ意識してギアを入れるようにしてきた。
自分は怠惰なので,「意識して」入れないとダメなのである。
「頑張っていればいつか自然にギアが入って何もかもうまくいく」というのは,本当であればそれがいいなあと思うが,そんなことはなかなか起こり得ないのが現実だから。
たとえば,入職1年目のときには,学内の公募式の委員会や会議体に2つ,手を挙げた。
やってみなければわからないし,「やる」と言えばやらせてくれるのだから,とりあえずやってみるべきだと思ったのだ。
今から思えば迷惑ばかりかけたと思うが,それでも自分にとっては意味はあった。
学外の団体に研究会に所属して,企画をやってみることもそう。
そうしているうちに,教職関連の団体からもお声掛けいただいて,委員をやったりした。
ずっと続けていたら,少しずつ学外からお金をもらえるようになった。
神戸大学の経営専門職大学院は,2回受験して2回とも落ちた。これもある意味ギアであった。
母校の同窓会的なイベントの終わりにみんなで焼き肉に行くことを企画したり,小さいことだが年2回くらい学生時代の友人とフットサルをやったり,というのもギアだ。
そうして今は大学院に行くために広島に通っていて,先日は神戸マラソンも走った。
仕事と私生活を切り分けてギアを論じることは難しいが,とにかく自分なりに,小さいことも大きいことも「これはギアなんだ」と思ってやってみてきた。

ギアというのは,「意識して」入れたとしても,入ったのか入ってないのか,というのは実際のところよくわからない。
最終的には,それは周囲の評価で決まるだろう。
1速なのか,3速なのか,6速なのか。一体どこに今ギアが入っていて,これからどこまで上げられるのか。
自分ではうまく評価できない。
ただ,大学院進学は,間違いなく大きなギアだと感じている。それだけの時間とお金を投入しているから,ある意味必然であるかもしれない。

そして時々思うのは,「そんなにスピードを出してどうするのか」ということである。
そもそも,お前そんなにスピード出すタイプちゃうやろと。何を生き急いでいるのかと。
かといって「ギアを下げる」だけの度量もないような気がする。
状況にあったスピードを出せるようになることが,本来は望ましいのかもしれない。