松宮慎治の憂鬱

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学術政策論特講(研究面から見た大学と政策)課題③社会人の大学院進学にかかわる社会的評価

山本眞一の集中講義の最終レポートです。講義中に作成しました。


2015.9.2

山本眞一先生集中講義レポート

社会人の大学院進学にかかわる社会的評価

M156296 松宮 慎治

1.はじめに
 藤村(2015)によれば、わが国の大学院拡充政策による趨勢の一つとして、院生の属性が著しく多様化したことが挙げられる。「大学院の規模拡大,制度の弾力化,不況,そして定員管理が重なって」、「多くの分野で社会人かと女性化が進行した」とされる。一方、大学院修了者を日本企業が積極的に採用しない理由について、濱中(2015)は評価者本人の学習経験が乏しければ大学院生の価値には気づきにくく、かつそうした経験を有した評価者がまだ少ないことを挙げた。すなわち、日本企業においては大学院卒が未だマイノリティであることから、大学院卒の適切な評価を下すことは難しいと言うのである。
 かかる現状にあって、比較的大学院卒を積極的に採用する業界のひとつが大学職員である。大学は自らが大学院運営を行っているのであるから、原理的には大学院卒を評価する立場にある。近年では新卒採用においても大学院卒が採用されることが多くなってきたが、大学院卒の新卒である大学職員の評価にかかわる先行研究は少ない。このため、本稿は社会人の大学院進学の事例として大学職員を取り上げる。在職時進学についても、新卒と同様自らが大学院運営を行っているという都合上、進学それ自体が公に批判されることは少なく、進学そのものは日本企業等より比較的容易なのが大学職員の業界である。

2.大学職員の場合
 大学職員の在職時進学は、大学職員をターゲットの一つとする研究科が相次いで設立された2000年以降から増加し始めた。進学先となったのは主に以下の5研究科である。
  ①東京大学教育学研究科総合教育科学専攻大学経営・政策コース
  ②名古屋大学教育発達科学研究科教育科学専攻 
  ③広島大学教育学研究科高等教育開発専攻
  ④桜美林大学大学アドミニストレーション研究科
  ⑤名城大学大学・学校づくり研究科
 名城大学を除いたすべての研究科が博士後期課程を開設しており、桜美林大学のみが通学課程のみならず通信教育課程を保有している。
 これらの研究科への進学は、当初は大学職員にとって大いに期待されたものであった。その理由はさまざまであるが、主要なものとしては「教員と同じ土俵で議論できる(大学行政管理専門職養成カリキュラム開発プロジェクト,2000)」という期待がやはり大きかったと思われる。また、「学部卒」よりは「大学院卒」の方が能力的にも望ましいであろうというシンプルな発想も存在した(上田,2003)。しかしながら、こうした純粋な期待は実際に進学者が増えるにつれて変容し始める。たとえば、大学院進学は「望ましい」が、一方では学長・理事長からの期待度は低いといった調査結果が報告されたり(藤原,2005)、職場での環境整備が整いにくいことや、進学後のキャリアパスに問題があることが指摘されたりするようになってきた(藤原,2007)。特に修了後の職場での処遇の問題は大きく、具体的なキャリアパスや待遇向上に繋がらないばかりか、修了者が、学びを現在の部署で発揮できない(寺尾・檜森,2011)といった事実や、個々のスキルは上がったが、職場で総合的に生かしえていない(藤原,2013)現実が明らかになってくるようになった。
 こうした報告から伺えることは、当初存在していたシンプルな期待が、実際の進学者や修了者の輩出と現実の課題の出現に伴って、少しずつ低減してきたのではないかということである。

3.課題と私見
 前述のとおり、大学は自らが大学院運営を行っているのであるから、職員が大学院に進学することを公に批判することは難しい。このため、進学することそのものは比較的容易である。にもかかわらず、進学者や修了者が十分に職場で能力を発揮できない現実があるとしたら、そうした状況は少しずつ改善していく必要がある。大学職員の業界で大学院進学がうまく機能しない場合、その他の業界で機能することはおそらくより難しいと思われるからである。
 一方で、進学者や修了者が職場で能力を発揮できるかどうかというのは、実は個人にかなり依存する。以下はあくまでも私見であるが、大学職員の大学院進学には、3つのモデルがあるという仮説を検討できるのではないか。

 Aモデル:職場で成果を発揮している職員がいる→より多くの成果を生み出したくなる→大学院に進学する→さらに多くの成果を発揮し始める
 Bモデル:職場であまり成果を発揮できていない職員がいる→何らかの成果を求めたくなる→大学院に進学する→やはり成果を発揮しにくい
 Cモデル:職場であまり成果を発揮できていない職員がいる→何らかの成果を求めたくなる→大学院に進学する→成果を発揮し始める

 大学院の機能を念頭に置いた時には、大学院進学が成果を発揮するための道具となりうるAモデルやCモデルが望ましいであろう。しかしながら、現実にはCモデルはなかなか存在しえないというのが実態ではなかろうか。実務では複合的な素養が求められるし、その結果が成果の大小に繋がるのであるから、大学院に進学すれば突如成果を発揮しうるだけの能力を備えられるかというと相当難しいと考えられる。他方、Aモデルのように、元々成果を発揮している職員が、大学院進学によって拍車がかかり、より一層の成果を生み始めるというモデルは十分に存在しうると思われる。また、Bモデルの職員については、大学院に進学したことによって、あたかも大学院進学に問題があるかのように見える可能性があるが、「成果を発揮できない」ということが再確認されたに過ぎず、大学院に何らかの責任があるわけではない。
 こうした仮説が正しいとすれば、現在の進学者や修了者の責任は大きい。進学者がまだそれほど多くない状況下にあっては、自身の評価がそのまま大学職員の大学院進学者の評価に直結する可能性があるからである。多くの社会人が大学院に進学し、社会にその価値を還元していく環境を構築するには、フロンティアとしての現在の進学者や修了者のさらなる能力発揮が第一義的には望まれる。

参考文献
上田理子(2003)「大学職員の高度化、専門化に関する一考察」『大学行政管理学会誌』第7号,pp.137-145.
大場 淳(2002)「大学職員のための大学院教育の可能性~公開講座の結果から」『大学行政管理学会誌』第6号,pp.59-66.
寺尾 謙・檜森茂樹(2011)「日本型アドミニストレーター養成を可能とする「大学職員研修モデル」の創出に関する基礎的研究」『大学行政管理学会誌』第15号,pp.173-184.
藤原 久美子(2005)「大学職員と大学院教育―職業的レリバンスの確立に向けて―」『大学行政管理学会誌』第9号,pp.83-90.
藤原 久美子(2007)「大学職員と大学院教育―職能開発の場としての現状と課題―」『大学行政管理学会誌』第11号,pp.177-189.
藤原 久美子(2013)「大学職員における大学院教育の有用性に関する一考察」『大学行政管理学会誌』第17号,pp.95-102.
藤村正司(2015)「大学院拡充政策のゆくえ―今どこに立ち,次にどこに向かうのか?」『大学論集』第47集,pp.59-72.
水谷早人(2001)「大学職員のプロフェッショナル・スクールをデザインする」『大学行政管理学会誌』第5号,pp.87-92.
大学行政管理専門職養成カリキュラム開発プロジェクト(2000)「大学行政専門職養成 修士課程カリキュラムの展望について」『大学行政管理学会誌』第4号,pp.49-61.