松宮慎治の憂鬱

タイトルは友人が考えたもので,某アニメのことはわかりません。

【ネタばれ無し】朝井リョウという奇才ー『どうしても生きてる』(幻冬舎)を読了―

誰かからサインをもらうということをしたことがなかったのだが,これまでの人生で唯一それをしたのが朝井リョウであった。
2013年,今はなきリブロ池袋店で行われたサイン会で,「『もう一度生まれる』がすごくよかったです」というと,「そうですか,ありがとうございます」と丁寧に答えていただいたことを覚えている。
『もう一度生まれる』は,大学生を中心とした若者の葛藤を描いた物語で,なんとなく買った作品であったが,「これはとんでもないものを読んでしまった」という読後感があった。
こんな作品を書くのは誰なんだと思って著者欄を見ると,自分より年下で驚いたものだった。しかも,作家専業ではなく,ふつうにの就職活動を経て,会社員もしているらしい。これはとんでもない作家が出てきたと感じた。
前年に直木賞を受賞したばかりの作家と自分を比較するような論理もおかしいが,そのときはそう思ったのだ。同時に,自分がもう何者でもないことを突きつけられた感もあった。
だがしかし,そのときサインをいただいた作品『世界地図の下書き』(集英社)は,正直にいって期待外れだった。
児童養護施設で暮らす子どもたちに焦点をあてたその作品は,もちろん多くの取材には裏打ちされていたのだろうが,持ち味であるリアリティに欠けた。
そのような見方は意地悪だったかもしれない。自分の身の回りの,経験した生活の範囲の延長でしかその筆を生かせないことをある種のコンプレックスに思い,超えようとした作品であったことを自分は知っていたので。
今回拝読した『どうしても生きてる』は,そのタイトルから見ても,明らかに『もう一度生まれる』を意識した作品であった。
30歳を超えてくると,生の字の意味が変わってくる。「生まれる」ようなみずみずしさはなく,「生きてる」という現在地の苦しみにさいなまれる。
そのリアリティに再び触れることのできた作品であった。