松宮慎治の憂鬱

タイトルは友人が考えたもので,某アニメのことはわかりません。

インターネット以前と,インターネット以後に関する駄文 #平成ネット史

平成ネット史(仮)という番組

1月2日,3日と連夜NHKで放送されていた「平成ネット史(仮)」を見ていた.
前編は主に90年から2005年頃まで,後編は2000年代後半(主としてiPhone以降)が取り上げられていた.
自分の人生に重ね合わせると,中学生頃から「インターネット」に触れ,就職した頃にiPhone襲来といった時間軸になるだろうか.
このような変化は,部分的に以下の記事に執筆したことがある.
shinnji28.hatenablog.com
shinnji28.hatenablog.com
shinnji28.hatenablog.com

ネット以前とネット以後

番組では堀江貴文氏がiPhoneを「革命だ」と絶賛されていたが,個人的にはその準備としてのiTunesiPodの影響力が大であったように思う.
これらの競争に日本のメーカーはビジョンを描くところで負けてしまった.そして番組内で宇野常寛氏が言っていたように,ガラケーの隆盛は日本が世界の中心であったことを信じられた時代であった.
思うに,自分のように生まれたときはインターネットがなくて,あとからインターネットなるものが生活に登場して,パソコンからスマホからSNSから「学習」した世代と,生まれたときからそれらがあったデジタルネイティブとでは,色々なことが地続きというわけにはいかないと思う.
たとえば今,仕事場でバンバン電話を使う人も多いと思うが,今のより若い世代にとって電話はむしろ就職後に「学習」するものになり*1,彼らがマジョリティになれば等閑視されるようになるだろう.
個人情報というものも,デジタルネイティブから見ればどう映るのか関心がある.
インターネット史から見ると,アングラ時代は実名当然→実名危ない→実名と匿名の混在(分断),という時間的経過があるような気がする.
インターネット的には自分はどんどん老人になるので,若い世代がどう考え,これから時代がどうなるのか興味がある.
そして,(たしかにiPhoneはすごいけど)インターネットを越えるような革命は,これから先あるのか,ないのかということにも興味がある(あることを期待しているのだが…).
自身が渦中にいるときは単なる一つの技術発展だと思っていたが,実は二度と起きないかもしれない変化の中にいたような気がすると不思議である.

*1:たとえば自分が小学生の頃は,他人の家に電話をかけることがあり,親が出た場合の礼儀等を先に学習していた.だがその必要がない世代にとっては電話は学習する対象であろう.