松宮慎治の憂鬱

タイトルは友人が考えたもので,某アニメのことはわかりません。

定員充足率は何によって決まるのか:私立大学倒産言説と関連したいくつかの所感

「大学倒産」に言及した記事

標記の記事があった。前編と後編にわかれている。
忍び寄る「大学倒産」危機 2000年以降すでに14校が倒産している | ビジネス | 最新記事 | ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト
倒産する大学の4つの特徴:地方、小規模、名称変更、そして... | ビジネス | 最新記事 | ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト
要点はおおむね以下のとおりである。
前編では「忍び寄る「大学倒産」危機」として,まず私立大学の36%が定員割れであることと,2000年以降14の私立大学が「倒産」していることを指摘する。
その上で,続く後編において,これら14校の共通点を分析し,①歴史が浅いこと(によるブランドイメージの低さ)②単科大学であること③規模が小さいこと④立地(地方大学であること)がその原因であるとする。
結びでは文部科学省の定員抑制政策に触れ,そうした外圧ではなく,本質的な課題に取り組むことこそ本筋であると結論づける。
その課題とは,

有名私立大学を除く大半の私立大学にみられる大学生の学力低下や、AO入試・推薦入試という名による事実上の無試験制度、そして、大学教員の質の向上や大学における教育・研究活動の質と量の向上

であり,

本来、これらの課題は都市部か地方かを問わず、大学の本質と役割という点で違いはないはずである。真に魅力のある大学であれば優秀な学生や教員が集まるものであり、そのような大学だけが「大学大倒産」の時代を生き延びるべきなのである。

という。
実は,全体の論旨構成からは必ずしも明示的にはくみ取れないのだが,大意としては,私立大学が倒産する理由を,大学教員の質が悪く,その結果として教育・研究活動の質が低く,制度的にはAO入試や推薦入試を濫用していることに求めている,と考えられよう。
ひょっとしたら編集部の意図が多分にあるかもしれないのだが,この記事の内容から「忍び寄る「大学倒産」危機」といった未来を論じるには,いくつかミスリードになりかねない点があると感じられたので,ここで部分的な反論を試みておきたい。

過去に「倒産」した大学の共通点が,これから「倒産」しうる大学にも適用できるかはわからない

2018年度現在,日本の私立大学の数は600弱である*1
取り上げられている14大学が「倒産」した時点は様々なので単純化できないが,仮に少なめに見積もって500大学を分母として考えても,このうち14大学というのは全体の3%に過ぎない。
言ってみればこれらの大学は,今のところ外れ値のような状態であって,全体の3%に過ぎないサンプルの共通点を見出して,未来を予測しようするのは苦しい。
また一方では,3割ないし4割の私立大学が定員割れしているのであるから,定員割れと「倒産」を結びつけるのであれば,むしろ論点になりうるのは,「なぜ倒産しないのか」ということではないだろうか。
定員割れと「倒産」は一般に強く結びつけられ,危機意識が煽られることが多いが,その構造が正しいのならば,もっと多くの大学が「倒産」していなければおかしい。
しかし,なぜかそうなっていない。
となると,定員割れと経営体力の問題は,単純な共変関係にはなっていないのではないか,という疑問が生じる。
仮に定員割れをきたしているとしても,コストを絞ったり,他の要因で財務が強化されたりすれば潰れないのかもしれない。

事業団による「定員充足率」は単年度指標である

記事で引用される私学事業団による「定員充足率」の定義は,入学者を入学定員で割ったものであり,単年度指標である。
だが,定員割れというのは,辞退者数を読み誤って偶然起きてしまうこともあるし,学力水準を確保するために,定員割れが起きるとわかっているラインで合格を出すこともある。
このように,単年度で見るには不安定な指標が「定員充足率」である。
もしもこの記事のように,経営の代理指標として「定員充足率」を扱いたい場合は,「定員を3年間割り続けているか否か」といった具合に,複数年度をトレースする必要があるだろう。
もしくは,学生数を総定員数で割った「収容定員充足率」を用いるのも一案だろう。

では,定員充足率は何によって決まるのか

定員充足率の規定要因について,最近,自身が分析したものを以下に置いている。
https://researchmap.jp/?action=cv_download_main&upload_id=217490
スライドの23枚目がそれである。
この分析では,学生数を総定員数で割った「収容定員充足率」に寄与する変数を見つけ出そうとしている。
さらに,2012年から2016年の5年間のデータに対して,時間を含んだパネルデータ分析という手法を用いることにより,バイアスを除去しようとしている。
関心が定員充足率に対する補助金の効果分析にあるので,それにもとづいてごちゃごちゃと3つのモデルを示しているのだが,どのモデルにも共通する有意な変数がある。
それらの変数と,記事が指摘する「大学倒産」の要因(①歴史が浅いこと(によるブランドイメージの低さ)②単科大学であること③規模が小さいこと④立地(地方大学であること))とで整合的なのは,「学生数(+)」のみである。
すなわち,学生数の多い大学ほど,定員を充足しやすいというのは一致している。
単科大学か否かというのは残念ながら独立変数に投入していないのだが,単科大学は人数が少ないと想像されるから,学生数に要素として含まれている考えることができるだろう。
他方で,歴史が浅いこと(分析では「開始年」)や立地(分析では「県外進学率」)は,定員充足率に対して有意な貢献をもたらさない。
立地の代理変数として県外進学率を用いている理由は,問題は場所そのものではなく,場所によって規定される進学率の差であって,先行研究で地方において大学進学率に差が生ずる背景を理解するには,県外進学率に着目することが重要とされていることによる*2
とはいえ,いずれにせよ,データにもとづく実証分析によれば,記事が示す要因のうち,たしからしいのは規模変数のみであると考えられる。

また分析結果からは,偏差値の高い大学ほど,ST比の大きい大学ほど,定員を充足しやすいことが示唆される。
このことから,ブランドイメージは歴史ではなく,偏差値で代理されると考えれば,記事の内容ともフィットするかもしれない。
ただ,ST比(+)より,教育の質が低いから,定員割れをきたすのだろう,というのは根拠に乏しいと言うことができる。
ST比が大きい大学は,端的に言ってマスプロ教育を志向している大学である。
記事の前提が正しければ,むしろST比の小さい大学ほど,丁寧な教育がなされていて*3,その環境の良さから定員を充足しやすい,となっている状態が自然であろう。
ST比の大きい,マスプロ教育を志向する大学が定員を満たしやすいのは,そういう大学にはもともと強固な威信が伴っており,学生の学力水準が高く,マスプロ状態でも問題なく学生が学習するからであろうと思われる。
そしてそういう大学には黙っていても学生が集まるので,あえてST比を小さくする圧力が働かないのだろうという解釈が可能である。

まとめ

魅力のある大学であれば,優秀な学生や教員が集まってくる,というのはある種の理想論であって,本当に成立する構造なのかという問題がある。
たとえば,偏差値には経路依存性があるから,あとから逆転することは稀であり,大学の自助努力の余地が小さいと言える。
そして,仮にこの因果が成り立つとしても,優秀な学生や教員が集まっている(定員を充足している)から,魅力のある大学なのだ,という逆の矢印が同時に成り立つとは限らない。
結論として,この記事は,色々論じてはいるけれども,理論的に正確だと思われる点は一部に過ぎず,どちらかといえば大衆受けを狙った印象論に留まるように見える*4
繰り返しになるが,この手の記事は編集部の意向が反映されることが多分にあることはわかっている。ウェブ記事なので,PVを稼がねばならないという事情があるのかもしれない。
ただ,定員充足率が大学の自助努力のみで向上可能であり,であるからして定員充足率の低い大学は努力不足&魅力がない(かにも捉えられかねない記述の仕方)というのはあまりに素朴に過ぎると感じられた。
それゆえ,定員充足率の低い大学で学生のために一生懸命努力されている教職員もいらっしゃることに鑑みると,自身のもっているデータにもとづいた言及には一定の意味があるだろうと考えて,今回のエントリを記した次第である。


なお,この記事については,既に以下のブログでもコメントが寄せられているので,併せて参照されたい。
www.daigaku23.com

*1:旺文社の推計では589: http://eic.obunsha.co.jp/resource/viewpoint-pdf/201807.pdf

*2:朴澤泰男(2016)『高等教育機会の地域格差』(東信堂),p.73

*3:もちろん,本来はST比が小さい=良い,と単純に言うこともまたできない。なぜなら,ST比は入学する学生数が減ることによって相対的に減少しうるからである。ここでは,記事で述べられるほどことは単純ではない,という例示の一つであると見ていただけるとありがたい。

*4:上記で指摘したこと以外にも,たとえばAO入試や推薦入試が大学教育にネガティブな効果をもたらすかのような記述にも根拠が示されていない。推薦入試によって入学した学生はむしろ成績が良い,という研究も存在するので,本来一概に断じることは難しい。入学者選抜の方法と入学後の成績が,一般に言われるほど深い関係にないことは,アドミッションの研究では半ば常識ではないかと思われる。 https://kwmw.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=12797&item_no=1&page_id=13&block_id=17#