松宮慎治の憂鬱

タイトルは友人が考えたもので,某アニメのことはわかりません。

文学研究への心残り

学部のときにしていた勉強

あまりきちんと勉強したとは口が裂けても言えないので,人にあまり言わないようにしているのだが,学部でしていた勉強は近代日本文学である。
4万字の卒論が必修だったので,曲がりなりにもテーマを選び,先行研究を渉猟し,論文を書いた。
今思い出すと学部レベルとはいえ研究する環境はめちゃくちゃ整っていた。
まず,ゼミの人数が少なかった。一番多いゼミでも5人,一番少ないゼミは1人で,ぼくの所属していたゼミは3人だった。
近代日本文学という括りでもゼミが2つあり,ぼくはその片割れの,有島武郎志賀直哉曽野綾子あたりを研究対象にされていた先生の研究室に所属した。
研究室のコピーカードはいつでも使っていいこととされていたし,ゼミは必ず週1回行われた。
中でも,今思い出すとあれは良い機能を果たしていたなと感じるのが,学会である。
小さいがコースが作った学会があり,みんなが会費を払い,会計処理等を院生がしていた。
この学会は毎年秋の勤労感謝の日に定例会が行われ,1年次生から大学院生,先生が全員参加し,卒業生にも案内が送付されていた。
3年次生はゼミのメンバーで報告をすることが義務づけられていたのである。
当日までゼミで議論しながら,要旨集に要旨を載せ,レジュメを用意し,報告する。
そして,先生から批判され,それに対して反論する。
ゼミの議論の過程では,「なんか俺ら,先生の持っていきたい方に引っ張られすぎじゃね?」みたいな内省をしていたことも覚えている。

文学研究への心残り

私学で勤務するようになって,卒論が必修とは限らないこと(むしろ必修であることの方が少ないこと),ゼミの人数が一桁というのは普通ありえないこと,またそもそもゼミに所属することが必ずしも当然ではないこと,等を知った。
別段,どちらが良い/悪いといったことはないと思うし,実際最近では,卒論の有効性に疑問符をつけるような実証研究があることも承知している。
しかし,ゼミの人数を少なくしたり,卒論を必修にしたり,学会を組織して報告させたりすることの方がコストがかかるのは間違いない。ましてやそれを支えているのは国民の税金であった。
そうした恵まれた環境にあったにもかかわらず,真面目に研究をしなかったことがずっと心残りである。
卒論指導の過程でも,「一体いつ終わるのか」と思っていた。要は,単位をとれればよくて,卒業できればいいと思っていたのである。
今ならわかるが,研究に終わりなどない。終わりがない中で,薄皮を積み上げていくのが研究である。
そういう意味で,自分は指導してくださった先生に大変失礼なことをした。
しかし,「先行研究は全て集めなさい」「全て集めた上で,自分の研究がどこに位置づくか明示しなさい」といった基礎的な訓練は,やはり学部時代に受けていることは間違いない。
今考えても,文学研究は難しかった。
テーマをどのように選べばよいのか,方法論はどのようにあるべきか,今でもわからない。
ただモチベーションは低かったかもしれないけれど,一度難しいものを研究対象にしたことが,やはり今に生かされている。
いずれまたきちんとした形でやってみたいと思っている。

ちなみに,卒論のタイトルは,「幸田文『おとうと』論」であった。
生活や普段の行い,態度,家事といったものに厳しく自制を重ねる姉 げん の弟が結核になり,最後は亡くなってしまうという物語である。
卒論を執筆した2年後に山田洋次監督のもと映画化された。
まだ卒論の思い出が近すぎて見に行けなかったのだが,今なら正面から見ることができるかもしれない。

おとうと (新潮文庫)

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