松宮慎治の憂鬱

タイトルは友人が考えたもので,某アニメのことはわかりません。

見なくなった高校野球

その試合は行き詰まる投手戦で,スコアボードにはたくさんの0が並んだ。
どちらのチームの投手も,今大会注目のエースと評されていた。
片方は滋賀県のチームで,もう片方は沖縄県のチームだった。京都府に住んでいたぼくは,だからなんとなく,同じ関西という単純な理由で,滋賀県のチームを応援していた。
特段,野球が好きだったわけではない。
けれども,この前の年にいわゆる松坂世代の大活躍があったこともあって,とりあえず「見たいな」という気分になったのだ。
だから,まだ一回戦のこの試合をテレビで見る気になった。
その試合の雲行きは,中盤で怪しくなった。滋賀県のチームのエースの足に相手の打った打球があたり,少し負傷してしまったのである。
微妙な狂いが生じるとはこのことで,彼はその回に1点を失った。そして,その1点によって負けてしまった。
今大会注目と言われるだけのことはあって,失ったのはその1点だけだったのだが,味方打線が相手のエースを攻めきれず,1-0のスコアで負けたのである。
ぼくはこの試合でたぶん初めて,「スポーツって面白いな」と思った。
投手の足にたまたま打球が当たっただけのことで,少しだけ狂いが生じて,その結果勝敗が決まってしまうという,勝負の妙みたいなものを感じることができたからだと思う。
ちなみにこの大会で,もう一方のチームは決勝まで勝ち上がり,初めて沖縄に優勝旗を持ち帰った。

このときのぼくは,中学1年生から2年生に上がる頃の年齢であったが,以来夢中で高校野球を見ることになった。
このため,当時の甲子園出場校のメンバーは,大体今でも記憶している。
ちなみに高校生になると,中学校の同級生だった友人が,京都の名門の高校で2回も(しかもレギュラーで!)甲子園に出るなどして,ぼくはより一層夢中になって高校野球を見ることになった。
どれにくらい夢中になったかというと,テレビを見ながら自分でスコアをつけるくらいである。
高校野球を観戦しながら,大会における打率や防御率の計算をしているような子どもだった。

考えてみれば,高校野球というのは不思議なスポーツだ。
しょせんは,特定のアマチュアスポーツの全国大会である。
にもかかわらず,試合のテレビ放送があり,選手はマスメディアに取り上げられる。
そんなからくりに気づいてしまったからなのか,出場する選手たちが自分より年下になってしまう頃には,いつしか観戦することが減っていった。
ひょっとすると,年上のお兄さんが一生懸命頑張っている姿に,心を動かされていたのかもしれない。
ともかく,大学に入学する頃になると,あれほど夢中になった高校野球から少し離れて,サッカーを見るようになったりした。
今はスポーツ自体をあまり見ていない。たまにダゾーンでJ2の試合を観戦するくらいで,ワールドカップも見るかわからない。
ぼくにとってのスポーツは,自分のゲームを見つけるまでの仮想的なステージだったのかもしれない。
そんなわけで,高校野球は見なくなった。
その代わりに,今度は観戦者ではなくプレイヤーとして,別のステージに心を注いでいるのだと思う。