松宮慎治の憂鬱

タイトルは友人が考えたもので,某アニメのことはわかりません。

戸村理(2017)『戦前期早稲田・慶應の経営―近代日本私立高等教育機関における教育と財務の相克―』(ミネルヴァ書房)を読了

標記の本を読了した。
本書は早稲田と慶應の経営について,資金の調達と配分を歴史的に考察しつつ,それらが教育機能の発展といかなる因果で成立しえたのかを実証したものである。
対象の時期としては「明治後期から大正期」が設定されているが,これは「創立当初の家塾的性格を脱し、経営構造を近代化させていった期間」(p.5)であり,「大学経営の原初的段階」(p.308)に位置づく。
機関財務の発展を総体的に捉えながら,とりわけ専任教員の雇用と人件費の抑制の「相克」をどう解決したかについて,教育課程との関連から分析が試みられている。
第1の分析課題は,機関レベルでの管理運営組織と財務構造の発展過程を明らかにすることである。
早稲田と慶應の共通点は,規模を拡大させたことであるという。
一方相違点としては,慶應が幼稚舎から大学までの「タテ」を重視した経営行動をとり,病院経営による財源の多様化を目指した一方で,早稲田は専門部や系列する中等後教育機関の「ヨコ」を重視し,かつ学納金に依存した均質な財源状況にあったことを示す。
第2の分析課題は,人件費である。
特に教員については,共通点として専任教員数を多数雇用することを挙げる一方,相違点としては,慶應は理財科偏重であるが,早稲田に格差は薄かったことを指摘する。
第3の分析課題は,寄附金である。
両社の共通点は資産形成に必須であったことだが,相違点としては,慶應は計画がほぼ実現したこと,また卒業生等による寄附が中心であった一方,早稲田では計画が達成できず,また寄附の中心も非卒業生であったことを挙げる。
このような分析を通して,公的助成に期待できない「非官立大学モデル」(p.310)の経営行動を「「苦難」の一言で片付ける」(p.9)のではなく,コンフリクトと共に描き出す。

本書を拝読しようと思った契機は,昨年の高等教育学会の研究交流集会で,著者のご発表を拝見したことにある。
また,博士論文がもとになっている書籍なので,自身の執筆に参考にさせていただこうという思いがあった。
しかし,正直言って膨大な史資料に圧倒され,自分にこのレベルは難しいという気持ちになった。
たとえば分析に用いられている史資料には,機関レベルのものだけではなく,個人レベル(自伝,回想録,給料帳,授業の負担時間表など)の教職員給与や寄附募集に関するものが用いられている。
丹念という段階ではすまない,集めるだけでも倒れそうな量と質である。それが歴史研究の特徴であったとしても,別の方法論で自身に同様のことができるかというと,まったく心許ないというのが率直なところである。
ただ,本書も自身の関心に枠づけることが可能であり,そういう意味でも勉強になった。
たしかに本書は歴史研究ではあるのだが,私立大学の支出の大半が人件費であること(これによって,アウトプットとしての人件費が重要となること)や,ST比と教育課程の関連を分析する必要があること,寄附金等の資金調達が主要な財源の一つであること等,現代との共通項が多く見出せそうな気がした。

章立ては以下のとおりである。

序章「大学経営」を視る
第1章 早稲田・慶應の発展過程
第2章 早稲田・慶應の財務
第3章 慶應教員の処遇
第4章 慶應の寄附募集
第5章 早稲田教員の処遇
第6章 早稲田の寄附募集
第7章 早稲田・慶應の事務機構の発展と職員の処遇
終章 大学経営の萌芽