松宮慎治の憂鬱

タイトルは友人が考えたもので,某アニメのことはわかりません。

給料の半分は職場からいただき,もう半分は自ら稼ぐのが理想

給料の半分は職場からいただき,もう半分は自ら稼ぐのが理想である。そのために起業したい。
現在,厚生労働省の「柔軟な働き方に関する検討会」等を中心に,副業・兼業を推進していく基本方針が議論されている。
こうしたことから,モデル就業規則から副業の禁止規定を除き,副業・兼業が原則容認されるようになる見込みである。
www.mhlw.go.jp
上記の動きは,「遅きに失した」と言っていい。
近い将来,複数の仕事を兼務することは当たり前になるだろう。
こうしたことすらもお上の指示がないとできない,という悲しい現実である。
そもそも,「本業」「副業」という区別自体がおかしい。
もしそうした区別があるとするなら,給料を支払う元が違うという,ポートフォリオの組み方の問題でしかない。
普通に考えれば,給料の支払い元を分散させ,リスクを下げた方がいい。一か所から給料をもらっている方が危険である。
ごく簡単な例でいうと,一か所から月30万円もらうより,6か所から5万円ずつもらった方がいい。
「本業」「副業」という価値観では,支払元が2か所しかないので,実はまだ危険である。
仮に給料を分散する働き方が可能になれば,ライフステージに応じた多様な選択が可能になる。
結婚,子育て,介護など,負荷がかかるイベントはたくさんある。
そうしたときに,「今は休みたいな」と思えば,仕事を減らせばいい。
「今は働きたいな」と思えば,増やせばいい。
1か所から給料を支払う働き方だと,そのようなことはできない。0か100かにならざるをえない。

「近い将来,当たり前になるだろう」と書いたが,その理由は,そうならないと日本が終了する未来しか見えないからである。
ただでさえ労働人口が減っていく中,働き方をよくするためには,多様な働き方を個人が選択できることが一番大切である。
そのために,仕事=どこかに所属してお金をもらう,という考え方を変えた方がいい。
もちろん,ある意味でメインの所属先,みたいなものは残り続けると考える。
「半分」の意はそこにある。したがって,もう半分は自分で稼ぎたい。
「そんなことで,メインの所属先(旧来の価値観でいえば,「本業」)の仕事に集中できるのか」という意見があるだろう。
しかし,自ら食い扶持をとりにいく人と,口を開けて食い扶持を与えられるのを待つ人,組織がどちらを欲するかといえば前者であろう。
したがって,その人に能力があれば,メインの所属先においても重宝せざるをえないだろう。
「お前はいったい何を言っているんだ」と思われるかもしれないのだが,このようなことを考えるとき,ぼくは50年単位の長い未来を想像している。
50年後には,必ずそうなっているだろう。
想像したり,発言したり,行動したりすることによって,そういう前向きな未来に貢献できると信じる。