松宮慎治の憂鬱

タイトルは友人が考えたもので,某アニメのことはわかりません。

なしたいコトと原体験(1)なじめなかった大学生活

先日の以下の記事ですが,
shinnji28.hatenablog.com
なんとなく,大学院のことを書いちゃったので研究活動に熱心という風に見えたかもしれませんが,それは誤解です。
たしかに今現在の自分にとっての優先順位において高い方に位置づくのは事実ですが,あくまで一部です。
また,「ではなしたいコトってなんですか?」と聞かれたときに,ダイレクトに答える術をもっていません。
むしろ,ダイレクトに答えるとその言葉に縁どられてしまって,将来を規定してしまうという怖さがあります。
そこで,自分の中でなしたいコトが何か,ということにダイレクトに答えることは難しくとも,至るプロセスの代理指標のようなものを探してきました。
それが,「原体験」であるような気が,自分の中ではしています。
その多くが,学生時代にあります。遡ると,第1に「大学生活に馴染めなかった」ということがあります。
この点については,かつて以下のように記事にしました。
shinnji28.hatenablog.com
該当箇所を引用します(赤字は筆者)。

 10年前の私は、大学1年生でした。2004年度ということです。だから、今年度は私にとって実は節目の年です。高校は非常に楽しかったのですが、大学生活は辛かった、というのが私の個人的な体験です。資料を作る中で、大学で働くときに、結局自分は自分の大学時代の経験に縛られていて、そこから逃れられないのだ、ということに気づきました。大学生活がつらかった自分が、今なぜか大学で働いている。そういう経験が今の仕事に与えている影響は大きいと気づきました。
(中略)
 私は大学入学当初、「便所飯」をしていました。専門的には、ランチメイト症候群と呼ぶらしいのですが、とにかく、トイレでご飯を食べるということをしていた時期があります。便所飯をしている中には、色々な人がいると思います。友達がいなくて、一人でご飯を食べるのがいやだから、というケースもありますが、私はそうではありませんでした。むしろ逆で、一人になりたくて便所飯をしていました。専攻の友達がいたんですけど、昼休みになると、あえてその集団から離脱して、一人で一番きれいな図書館のトイレに行く、ということをしていました。私が大学生だった2004年頃は、便所飯という言葉はおそらく知られていなかったと思います。大々的に知られたのは、私が働き始めた2008年だったはずです。おそらく、毎日新聞だったかと思いますが、ネットのニュースで「最近の学生はこんなことをしている」というような文脈で便所飯が取り上げられて、「これ、かつての俺やん」と思いました。ああ、俺は便所飯業界のフロンティアだったのだな、と思いました。
 大学の何が辛かったのかというと、一言でいうと、高校までとの差が大きすぎた、ということです。例えば、親なんかも、これからはなんでも自由にしていいんだよ、と言われ始めます。でも、そんなことを急に言われても困るわけです。あるいは、講義の内容に関心が持てない、ということがありました。名称は立派なのに、内容が非常に限定されているものが多かった。人間関係も表面的に感じられました。私は、高校のように、クラスがあって、集合する場所が決められていたとしても、友達と仲良くなるのに半年はかかるタイプでした。そんな私にとって、緩やかなつながりの中で当たり障りのない会話をすることは苦痛でした。それから、「大学は人生の夏休み」という空気にも違和感がありました。この言葉は、実際に先輩が言っていたことです。これは、大学が終わったら人生はもう秋に突入してしまうということを言っているわけで、だから遊びまくれということだったと思うのですが、この空気に違和感をもっていました。さらに、私のときは、単位をいかに効率的にとっていくか、それが一番大事だ、という風潮がまだありました。
 そういう私にとって必要だったことは、「自ら動く」ということだったと思います。講義の内容に関心が持てないならば、自分で色々模索して、興味のあることを見つける。あるいは、友達に積極的に関わっていくというようなことです。しかし、こうしたことは頭では理解していました。ただ、実際に行動することとの間には壁があった。なぜかというと、そういうことをそれまであまりやってきていなかったからです。
 さて、高校は楽しかったと言いつつ、このように大学は楽しくないと言ってしまうと、大阪教育大学を批判しているような感じになってしまいます。私にその意図はありません。自分に力がなかっただけだ、と思っています。私はこうした辛い時期から、自力で浮上しました。でも、時々、何か大学が浮上するきっかけを与えてくれていたら、何かが違ったかもしれない、と思うこともあります。だから、今の仕事では、あらゆる学生にきっかけを与える役割を果たしたいと考えています。そして、大学になじめない学生、うまく大学生活を送れない学生の方が気になります。そうした学生は、大化けするし伸びるのだという確信もあります。

数は少ないけれど,大学の時の友人もいます。
しかし,その輪を本来はもっと広げられたのに,自分の能力不足でできなかったという思いがあります。
このようなことから,私は自分の仕事の上で,なじめない学生の方が気になるわけです。
いわゆる2:6:2の分類でいうと,下の2です。
このようなことを言っていると,「下の2は難しいよ」ということを言われます。「大学に来ないような層だから」と。
そう言われれば言われるほど,逆に切り捨てられないという気持ちになります。