松宮慎治の憂鬱

'04京都橘高校卒→'08大阪教育大学卒、私立大学に職員として奉職→'17広島大学大学院教育学研究科博士課程前期高等教育開発専攻修了,そのまま後期課程在学中。とあるきっかけ(http://shinnji28.hatenablog.com/entry/2015/01/10/050000)があって、実名でブログを始めることにしました。特に憂鬱なことはないのですが、大学職員仲間がタイトルを考えてくれたので、そのまま使います。

凡夫未満の自分がコトをなすにはどうすればよいのか

そもそも,自分は生来凡夫未満の人間でした。
たとえば,小3で九九が満足に言えませんでした。
そこから,両親が心配して強制的に勉強をさせられる毎日が始まりました。
具体的には,教師である父の宿題が毎日出て,それに答える日々でした。
このような生活をしているので,勉強はどんどんできるようになりました。
しかしその実態は,人より先に学習を進めているだけのことでした。
自分の力のなさは,自分が一番よくわかっていました。
このような生活も,中3で限界を迎えました。
というより,中2くらいから既に限界は来ていました。
なぜならぼくは,父の宿題を真面目にせず,こっそり答えを丸写していたからです。
そして中3の夏,管理への反逆から,「以後勉強は自分でやる」という宣言をしました。
ではそれ以来,果たしてぼくは勉強を一生懸命したでしょうか?
もちろん否です。
凡夫未満の人間である自分が,自ら学ぶという高尚な行動がとれようはずもありません。
今まで指示されたとおりのことをやってきた人間が,突然主体的に頑張りだすはずもありません。

このような過去の経験から,「自分はまだ一度も学問に本気でコミットしたことがない」という負い目を持っていた気がします。
これが,勉強が嫌いであったにもかかわらず,「働きながら大学院に通う」ことに興味をもった理由です。
そして,凡夫未満の人間がコトをなそうと思ったら,次の2つを徹底的にやるしかありません。

①コスト(お金と時間)をかけること

②「平凡な幸せ」的生活を極力捨てること

お金と時間はこの世界では常に等価です。
なので,いずれも「どう使うか」が重要になります。
現在,広島に通う交通費/宿泊費でおよそ月10万円を使っています*1
これに授業料,入学金を加えると修士の2年間で380万円程を使ったことになり,その上で博士後期に進学して半年経ったのが今です。
「お金があるからできるのだ」と揶揄されることもありますが,十分条件と必要条件を区別する必要があります。
広島まで毎週通う → お金がある が成り立ったとしても,その逆も常に成り立つとは限りません。
ぼくは旅行にも行かないし、基本的にほとんど遊んでいません(本当は遊びたいし,休みたいという気持ちはあります)。
また,勉強時間の確保のために,仕事のある平日は昼食をとっていません。
最悪昼食をとっても,食べながら本を読んでいます。
昼休みは仕事をして早く帰るか,勉強をするかは悩ましいところです。
でも,朝晩は勉強です。
食事は一日一食です。
食べたら眠くて集中できなくなるからです。
自分でもやりすぎかもしれないと思うことがあります。
しかし,そこは生来凡夫未満の人間。
半分狂気を帯びるくらいでないとコトはなせないと思っています。

先日,引っ越しをしました。
そのついでに,洗濯機,テレビ,冷蔵庫を捨てました。
財布も捨てました。
また,この4月から家の掃除は外注しています*2
時間を節約するためです。
このような話をすると,「ミニマリストですか?」と半笑いで聞かれることがあります。
うまく説明できないのですが,ミニマリストとは少し違う気がします。
自分のなすべきことに集中するため。
本当に大切なことだけに注力できるようにするため。
そのためにそぎ落とさないと,凡夫未満の自分にはすべてを背負うことはできません。
外形的,物質的なモノはだいぶ捨てました。
これからは,得てきた成功体験,学習,価値観等,内面を捨てていく時期だと考えているところです。

*1:ここについては,少し再考しています。というのも,移動時間の無駄としんどさを解消できないからです。広島の先生にお会いするのは楽しいのですが……。

*2:共働きの方には,本当におすすめです。