松宮慎治の憂鬱

このブログの情報は古く,今後更新しませんので,特に教職課程関連の参照元とすることは避けていただければと思います。ご迷惑かけます。2023.2.19

他人がしている自分の噂なんてどうでもいいんですよ

他人がしている自分の噂なんてどうでもいいんですよ。
そんなものは気にしないことです。
あなたの噂をしている人は,あなたにとって本当に大切にしたい人ですか?
たぶん,そんなことはないと思います。
誰かがあなたの噂をしているとしましょう。
ひょっとすると,それは悪口めいたものかもしれませんね。
一方的な批判かもしれないし,あたかも嫌われているように感じるような中身かもしれません。
しかし,実はそれは,単に酒の肴として,楽しむための適当な素材として,あなたを利用しているだけのことです。
適当な素材ですから,なんだっていいんですよ。
たまたま今回,あなたが対象になっただけのことです。
芸能人の不倫にコメントをつけるのと同じです。
そういう人はどういう人ですか?もちろん,ヒマな人ですね。
やりたいことがたくさんあってイキイキしている人に,他人の噂話をしている時間はありません。
ヒマな人が,楽しむための適当な素材としてあなたを利用した。
そうしたときに,そんな人があなたにとって大切な人であるわけがないと思います。

他人の噂に気を散らせながら生きるということは,他人の人生を生きるということです。
それで満足ですか。死ぬとき後悔しませんか。
噂まみれに生きるということは,他人の人生にまみれて死ぬということです。
当たり前のことですけど,他人の人生ではなく,自分の人生を生きた方がいいです。
叩かれてもいいじゃないですか。全然問題ないです。
むしろ考えなければならないのは,「誰に叩かれているのか」ということです。
その理由は,「叩いている人のレベルが,あなたのレベル」だからです。
叩かれまくっていたら,不思議なことに自分を叩いてくる人のレベルがじょじょに上がっていくことになります。
「ついに,俺もこのレベルに叩かれるようになったか」と思うときがくるでしょう。
その頃,今叩いてきている人は継続してまだ叩いていたりします。
ですが,同時にあなたのレベルも上がっているので,多分,継続して同じ人に叩かれていること自体に気づかなくなっていると思います。
権威主義の人だと,以前は批判していたのに,なぜか突然手のひらを返しだすパターンもあって,人間が見えたりします。
自分の人生を生きたら,他人から批判されるのは当たり前です。
そこはもうトレードオフなので,仕方ないです。
「批判の9割は嫉妬」という名言がありまして。
やっぱり,自分の人生を生きている人は,自分の人生を生きていない人にとってみれば,羨ましく思えちゃうんですよね。

こんなことを書いておいてなんですが,他人の噂が気になる人は,優しい人が多いと思います。
その優しさは,せっかくなのでどうでもいい他人にではなく,本当に大切な人だけに使ってください。