松宮慎治の憂鬱

'04京都橘高校卒→'08大阪教育大学卒、私立大学に職員として奉職→'17広島大学大学院教育学研究科博士課程前期高等教育開発専攻修了,そのまま後期課程在学中。とあるきっかけ(http://shinnji28.hatenablog.com/entry/2015/01/10/050000)があって、実名でブログを始めることにしました。特に憂鬱なことはないのですが、大学職員仲間がタイトルを考えてくれたので、そのまま使います。

実家で飼っているねこの話をする

実家で飼っているねこの話をする。

“彼女”が我が家にやってきたのは、ぼくが高校1年生の夏、15歳の頃だった。
いや、「やってきた」ではなく、「居座った」と表現した方が正確だろう。
“彼女”は生まれたての子ねこで、実家の裏口からまるでぼくらを呼ぶかのように、小さく鳴いていたのがそもそもの始まりだった。
あまりにもはかなく鳴くもので、母親が「少しだけ」といって戸口でごはんをあげるようになったと記憶している。
そもそもぼくの両親に動物を飼うという意思はなかった。
母親は動物嫌いではなかったと思うが、子どもたちへの健康面の影響を気にしていた。
加えて、父親は純粋に動物が好きではなかった。
それゆえ、幼い頃から、ぼくら子どもの「動物を飼いたい」という願望は、全く叶えられる気配がなかった。

にもかかわらず、“彼女”は母親の砦を打ち破り、時々我が家で時間を過ごすようになった。
なぜそういう風になったのか、今ではあまり思い出せない。
ただ一つよく覚えている場面がある。
そのとき、ぼくは家に1人でいて、家族は外出していたと思う。
家族が外出先から帰ったとき、“彼女”は裏口ではなく玄関先で待ち構えていたのだろう。
「入ったらダメだよ」という制止はおそらく無視され、脱兎のごとく進入し、リビングのソファーで座るぼくの膝の上に飛び乗った。
そんな風にして、“彼女”は我が家に「居座る」ようになった。
名前は妹がつけた。
問題は、動物嫌いの父親である。
子ねこというのはかわいいもので、ダイニングテーブルに飛び乗ることがある。
しかも食事中にだ。
父親は、“彼女”のそうした行動を極度に嫌がるので、そうした場面になると、“彼女”は必ずダイニングテーブルから降ろされるようになった。
それでも、ねこは賢くない。
「飛び乗りたい」と感じたら、勝手に飛び乗ってしまう。
イタチごっこだった。

いつしか、父親も何も言わなくなった。
何も言わなくなっただけではない。
むしろ自ら話しかけるようになった。
ダイニングテーブルに飛び乗っても、降ろされることはない。
「お相伴か」といって笑われるようになった。
もちろん、ぼくらが食べている食事を舐めようとすると、止められる。
でもそれはぼくらがイヤだからではなくて、人間の食べ物がねこの体に悪いと思ってのことだ。
ある時期から、外に出すのはやめて、家ねこになった。
外に出して、大怪我をして帰ってきたことがあるからだ。
本来は野生動物、もう少し自由に生きたかったかもしれない。
けれど、健康にいい食事をし、多分ストレスなくたくさん寝て、家族を癒しながら長生きしている。

今ではダイニングテーブルから飛び降りるのに、時々失敗するようになった。
膝の上にもほとんど来なくなった。
前はトイレのあとは必ず走り回っていたけれと、最近ではダッシュしたあとすぐ立ち止まるようになった。
15歳、歳をとったのだ。同時に家族全員が歳をとった。
歳をとるということは、変わるということだ。
けれど“彼女”は1番変わっていない。
“彼女”を介して始まる家族の会話もあったように、日常の中で自然に長生きしてもらいたいと願う。