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松宮慎治の憂鬱

'04京都橘高校卒→'08大阪教育大学卒、私立大学に職員として奉職→'15広島大学大学院教育学研究科博士課程前期高等教育開発専攻。とあるきっかけ(http://shinnji28.hatenablog.com/entry/2015/01/10/050000)があって、実名でブログを始めることにしました。特に憂鬱なことはないのですが、大学職員仲間がタイトルを考えてくれたので、そのまま使います。Twitter : sanjyuumatsu,e-mail : sanjyuumatsu@gmail.com

「ユーチューバーになれる学部」という発想のあほらしさ

私論

昨年末だったか、東洋経済オンラインの記事で、就職を意識した高校生のための進路相談と題して、「Youtuberになるには、どんな学部がいいのか」というものがあった。
端的にいえば、ユーチューバーになるには情報系の学部に行った方がいいのか?という相談であった。
これに対する回答を大学ジャーナリストの石嶺氏が行っていて、彼は「情報系の学部に行く必要はない」ことを簡単に述べた上で、むしろユーチューバーを職業にすることの問題を重点的に論じていた。
個人的には、ユーチューバーという職業のリスクや将来性については、あまり関心がない。
まあ、たしかにそういう問題点はあるかもしれないが、未来のことは誰にもわからないので、無責任に発言することは難しい。
むしろ私が気になったのは、前者の「どの学部がいいのか」という相談だ。
誰が考えてもわかることだが、ユーチューバーになろうと思えば、別に今すぐにでもなれる。
ユーチューバーになるには。。などということを考えている暇があったら、目の前のパソコンを使って今すぐ放送をしてみればいいのだ。
それですぐにでもユーチューバーになれる。その瞬間からもうユーチューバーだ。
わざわざ準備するほどのことはない。
「ユーチューバーになるために」とはなんだ。一体それはなんの準備なのだ。
なろうと思えば今すぐなれるものを、わざわざ先延ばしする理由はなんだ。

ところで、これはケースがユーチューバーなのであほらしさが際立つが、これに限りなく近いことは日々の生活の中で溢れている。
こういう条件が整ったら、いつかやろう。
何々をする前に、まずはコレコレの資格をとって。
したいアレをやるまえに、まずはこういう力をつけてから。
そして、「いつか」そのときがきたら、万全の体勢でチャレンジしよう。
だが、その「いつか」は永遠にやってこない。
力があるからできるようになるのではない。
やって初めてできるだけの力がつくのであり、やってもないうちにつく力は大したことない。
このような思考で前へ進むためには、少々の批判や雑音を無視する必要がある。
なぜなら、最初は絶対に不十分になってしまうからだ。
この不十分さを受け入れる、言い換えれば自分のダメさを許容できる胆力や度胸、あるいは諦めがないと、なかなか前に進むことは難しい。

とはいえ、口で言うのは簡単である。
自分のダメさを真正面から見つめるのは辛い。
しかしそれがあって初めて前進できると考えている。