松宮慎治の憂鬱

'04京都橘高校卒→'08大阪教育大学卒、私立大学に職員として奉職→'17広島大学大学院教育学研究科博士課程前期高等教育開発専攻修了,そのまま後期課程在学中。とあるきっかけ(http://shinnji28.hatenablog.com/entry/2015/01/10/050000)があって、実名でブログを始めることにしました。特に憂鬱なことはないのですが、大学職員仲間がタイトルを考えてくれたので、そのまま使います。

自己研さんは強制できないが・・・

こちらの記事を拝見しました。
blog.livedoor.jp
少し引用します。(赤字は引用者)

 人に聞くのは調べるより早いですが、本質的な理解につながらないのでまた何かあったら聞くことになります。
せめてこのページに書いてあることぐらいは調べてから聞いてほしいなぁと思います。
 例えば、この記事にはこう書いてあるが、この事例にも当てはまるのか等。

 教職課程の事務担当者は免許法の理解が難しいといってばかりいる人が多すぎるような気がします。勉強不足が目立つと思います。完璧に何でも知っているような高度専門職より、日常業務をしっかりこなせる中度の専門職になれるよう努力が必要だと考えてます。

 色々と勉強会や書籍が出る中で一向に理解が進まないのは勉強しようという意識がなさすぎる。
 学生には主体的な学びを求めておきながら、職員は主体的に業務に関する知識を身につけようと思っているのか。

 休日は休息をとるためにありますが、自己研さんにちょっとあてるだけでも仕事のやりやすさは変わるものと思います。

 何も質問することが悪いと言っているわけではありません。一定調べた上でわからないということでお尋ねいただければということで書きました。
 なお、facebookの教育職員免許法の研究というグループ内では私も含めメンバー130人のうち誰かが回答しますので、こちらでは調べずとも気軽に質問いただければと思います。

そのとおりだと私も思いますし,一方で自己研さんはやはり「自己」研さんであって,強制させることはできないという問題もありますよね。
「自己研さんしてほしいなあ」「自己研さんすればいいのになあ」と言うことはできても,「おい!自己研さんしろや!」とは言えない。
「そこには給与は発生するのか!」という話になりかねない。このあたりのことが,本当に難しいなあと思います。
休日を潰さないための一つの現実的な解は,普段の業務そのものを研さんと捉える,ということでしょうか。
つまり,日々の勤務時間内で,一つひとつの業務に対して問題意識や課題意識を持ちながら,成果のために何か一つでもよくしようと粘り強く取り組むというような。
ただ,そういった姿勢で取り組むうちに,ふつうはプラスアルファを求めたくなるものかなあという気もします。
あと,一生懸命自己研さんして,それを成果につなげられる人と,そうでない人は明確に区別される必要があるだろうなとも考えます。
そうでないと,自己研さんに励むことのインセンティブが働かないので。
もちろん,自己研さんだけして成果に繋がらないというのもマズいとは思います。

私も,入職当時は,いかにプライベートと仕事をわけ,プライベートを充実させるかということに苦心していました。
しかしながら,それは自分のスタイルに合わなかったようで(そんなにドライに割り切ることができない),ある時期から両者を溶け合わせるようにしました。
もしも,職場に与えられる研修しか受けていなかったら,今のレベルで働くことは難しかっただろうな,と思います。
もしそうしていたらどうなっていただろうか,ということは時々考えたりもします。

力をつけるのに一番効くのは,「自分が伝える側に回ること」だな,というのも実感しています。
なかなか,一方的に何かを得よう得ようという姿勢では,結果的に血肉にならず,その場をしのぐだけということになってしまうかもしれません。
自分が得たものを誰かに提供することによって,自分の力にもなるというトラックに意図的に入っていくのがいいかなあと思います。