松宮慎治の憂鬱

'04京都橘高校卒→'08大阪教育大学卒、私立大学に職員として奉職→'17広島大学大学院教育学研究科博士課程前期高等教育開発専攻修了,そのまま後期課程在学中。とあるきっかけ(http://shinnji28.hatenablog.com/entry/2015/01/10/050000)があって、実名でブログを始めることにしました。特に憂鬱なことはないのですが、大学職員仲間がタイトルを考えてくれたので、そのまま使います。

まだアルバイトで消耗してるの?ー大学生のうちは借金をしてでも新たな経験を積むべきだ。ー

大学生は、アルバイトに消耗するのをやめよう。それは「やりがい搾取」だ。

大学生の中にはさまざまな家庭環境の方がいて、あまり一概には言いにくいのだが、大学生のうちはお金を貯めるのではなく、むしろ借金をして経験を積むべきではないかと思っている。
以下の記述はもちろん、学費を自分で稼いでいるだとか、ご家庭にお金を入れなければならない状況にあるとか、そういう学生さんは除いての話だ。
大学生の中には、アルバイトで消耗してしまって、勉強や遊びができなくなる人も多い。
しかしよく考えてほしい。アルバイトに搾取されてはならない。
それは仕事ではない。「バイト」だ。
意識高く、「今日は仕事があって〜」と言ってしまいたくなる気持ちはわかる。
必要とされたら、嬉しいのもわかる。
でも、市場経済社会では、責任に応じた報酬が支払わなければならないのだ。
責任もないのに、必死に働く必要はない。それが「バイト」である以上、むしろ責任は積極的に放棄しなければならない。
必要以上に責任を背負い込んだら、勤務先の思うツボだ。
学生はそういう交渉に慣れてはいない。
だから舐められる。必要とされて喜び、安い単価でこき使われる。
この現象を社会学者の本田由紀先生は、「やりがい搾取」と名づけた。

貯金ではなく、借金を勧める理由

こうした問題も、「やりがい搾取」や「ブラックバイト」としてずいぶん話題になるようになった。
ただ、顰蹙を買うかもしれないと思いつつ、その少し先まで本当はいつも言いたいことがある。
それは、やりたいことがあったら、借金してでもやれ、ということである。
大学生のときは、往々にして時間はあるけどお金はない、という状態になりがちだ。
ところが、社会人になると逆になる。
お金はあるけど時間がない、という状態になる。
本来であれば、お金もあって時間もある、という風になればいいのだが、なかなかそれは難しい。
報酬の高い仕事をしようと思うと、それなりに、それこそ必死に働かざるをえないからだ。
お金は時間で買える。これがバイトだ。でも残念ながら時間はお金では買えない。
しかも、大学生のときの時間というのは、長い将来を規定してしまう可能性も大きい。
大学生が今稼いでいる1万円は、社会人になったら1,000円程度の価値しかなくなる。
一方で、若い頃の時間の価値は計り知れない。
それなら、未来の自分に稼いでもらったお金で借金をし、今自分のやりたいことをアルバイトで消耗することなく即やる、というのが1番効率がいい。
このことは、あまり教えてもらえない。なぜなのだろう?
経験としてのアルバイトも重要じゃないか、という批判はありうる。
私は、アルバイトでたくさんのことを学んだよ!ということがあっても、それは否定しない。
でも、ある程度経験を積んだな、と思ったら、すっぱり辞めて、借金によって生活費を工面して、遊んだり旅行に行ったりした方がいいと思う。
バイトで積める経験など、所詮は限定的だ。
というより、限定的であるからこそのバイト身分なのだ。

自分はそう思った、だからそうした

自分も、大学生の頃にアルバイトに消耗した経験がある。
アルバイトに消耗し、お金を貯めてバイクを買う等していた。
けれど、大学生3年生のときに一部を除いてすっぱりやめた。
その一部というのは、1年生の頃からお世話になってた学習塾だったし、家族も通った経験がある、地元の個人経営の塾だったから、すっぱりやめる対象にするのは申し訳なかった。
ただ、回数を個別指導の週2にしてくれとお願いした。
これでかなり楽になった。
要するに、2年くらいアルバイトに消耗すると、アルバイトというのは単価の安い単純労働なのであって、仕事とは本質的に違うという事実に気づけてしまうのである。
アルバイトの本質は、価値を生むことではなく、時間を切り売りすること。それが時給の意味だからいわば当然とも言える。
では、すっぱり辞めて、遊ぶお金はどこから手に入れたのか?
借金をした。今、散々批判されている日本学生支援機構の第2種奨学金を借りたのだ。
大学3年生の6月から月8万円、卒業までに計176万円を借りた。
保証人は立てなかった。「機関保証」という仕組みを使えば、毎月数千円を払うことで保証人を立てる代わりとなった。
この借金によって、また学費を親に出してもらっていたという条件の良さも相まって、お金のことは全く気にすることなく、ツーリングに行ったり、友達と遊んだり、就活をできたりした。
だから、今でも基本的に無審査であった学生支援機構の奨学金には感謝している。
借りたお金は、就職してから1年で返した。
借りる時点で、「1年で返す」と決めていた。

大学生に伝えたいこと

ぼくはいま、大学の職員という仕事をしているなか中で、多くの学生さんと関わっている。
彼らに言いたいのは、お金なんて、働いたら自分次第でいくらでも稼げる、ということだ。
こんなことを言うと「就活に失敗して、いい仕事につけなかったらどうする」「今は不景気なのに責任をとれるのか」と批判されるかもしれない。
しかし、そんな未確定な未来のことに不安を覚えるヒマがあったら、少なくとも「自分はいくらでも稼げるようになる」と信じて、そのためにも今しかできないことに注力すべきだ。
たとえ借金をしてでも、貴重な若い時間は、やりたいこと、やってみたいと思ったことに次々に挑戦した方がいい。
そのこと自体が、働いてからの力になる。
奨学金を借りてもいい。親や親戚に頭を下げてもいい。
若い心が「やってみたい!」と思ったときの1番のハードルはお金だ。
そのハードルを越えるためのファーストチョイスが、消耗するアルバイトである必要は別にない。
借金をして、消耗したはずの時間を短縮するという選択肢もあることを覚えていてほしい。
ぼくは、3年生からそうしたが、もっと早く、少なくとも1年前にその判断を下すべきだったと思っている。