松宮慎治の憂鬱

このブログの情報は古く,今後更新しませんので,特に教職課程関連の参照元とすることは避けていただければと思います。ご迷惑かけます。2023.2.19

「アクティブラーニング」的な学習を促す事例とThreshold Concepts―大学教育論特講(内容と方法):佐藤万知先生の課題から―

◇「アクティブラーニング」的な学習を促す事例
 今回佐藤先生から頂戴した課題は、「アクティブラーニング」的な学習を促す事例を探索することであった。その際、当該事例において(1)「専門教育」の中で行われていること(2)Threshold Conceptsが意識されていること、の2点が事例探索の条件とされた。以上を踏まえてGoogle Scholarにより検索を行ったが、キーワードは「専門教育」とした。「アクティブラーニング」で検索してしまうと教養教育の事例が数多くヒットしてしまうと思われたためである。したがって「専門教育」で検索を行い、「専門教育」の中で何らかの工夫が行われていることが判別でき、かつPDFでダウンロードできる文献を探索した。
発見できた文献は以下の5点である。

①阿部和厚(1998)「教育の生産性とその評価―学生の参加型授業からみて」『高等教育ジャーナル(北大)』第3号,pp.138-142.
②阿部和厚・寺沢浩一(1997)「大学教育における知識伝達中心授業から学習中心授業への転換―多人数クラスにおける学生中心小グループ学習モデル―」『高等教育ジャーナル(北大)』特別号,pp.128-137.
③伊藤浩行・松尾 理・安富正幸(2002)「初期医学教育におけるPBLテュートリアル教育」『医学教育』33(4),pp.247-252.
④境 信哉・佐藤洋子・森山隆則・武田直樹・竹内文也・石津明洋・松野一彦(2007)「専門教育に特化したFDの意義―北海道大学医学部保健学科FDワークショップの総括を通して―」『高等教育ジャーナル』第15号,pp.89-98.
⑤坂上 学(2005)「専門教育の一環としての初年次教育の意義―大阪市立大学商学部の試み」『大学教育』第2巻,第1号,pp.45-53.

 阿部・寺沢(1997)は北海道大学医学部において「医学概論」「早期臨床体験」「医学史」の3つの講義を対象に検討を重ねており、課題として検討が可能そうである。阿部(1998)は阿部・寺沢(1997)をメタに捕捉し直したと思われる論稿であり、この2点は併せて検討したい。伊藤ら(2002)は近畿大学医学部の事例であり、1年次の「医学総論」におけるPBLを素材としている。初年次教育の要素もやや感じられるが、学生が自らテーマを設定して議論するという点で今回の課題として検討可能であると思われる。境ら(2007)は北海道大学医学部保健学科におけるFDワークショップにかかわる事例報告である。専門教育に特化する中でのFDは興味深いが、特定の講義にフォーカスしていないので今回の課題にはなじまない。坂上(2005)は大阪市立大学商学部において、学生に馴染みの薄い専門への接続という観点を重視した取組みであり、今回の課題の中で検討できる。
以上のことから、以下では前述のうち境ら(2007)を除いて検証したい。

◇Threshold Conceptsとは何か?
 佐藤先生からいただいた資料によれば、Threshold Conceptsの特徴は以下の5点である。
(1)Transformative:変革(性)
 変革(性)は、学びを経たときの学習者の認知の変容を指す。物事をどう見て、どう感じるかということについて新たな理解が学習者に刻まれる。  
(2)Irreversible:不可逆(性)
 不可逆(性)は、新たな枠組みを一度理解すると以前の状態にはもう戻れないことを指す。
(3)Integrative:統合
 統合は、知識を理論的に結合することによって、以前は無関係と思われた物事を関連づけて考えることができるようになることを指す。
(4)Bounded:有界
 有界は、学びを経て新たな概念領域を縁取ることができるようになることを指す。
(5)Troublesome Knowledge:厄介な知識
 Threshold Conceptsを備えた学びは、本質的に厄介であることを指す。具体的には、概念上の衝突・競争・対話等を伴うこととなり、学習者が最初に直観的に受容することは困難である。

◇事例とThreshold Conceptsのかかわり
 阿部(1998)および阿部・寺沢(1997)では、グループ学習によって医学に携わることへの動機を確認することを主たる目的としている。具体的には「社会,すなわち医学・医療の現場に出て調査するようにする」作業を通して、医師としての社会的問題意識を確認し、動機に繋げることを目指している。これはいわば医学生が重ねてきた理論を社会(実践)と融合し、自らの学びが社会に直接関係していることの自覚を促すプログラムである。医学生である限り相応の学習を積んできたことは想像に難くないが、過去の学習が社会における実践と直結することを示すことで、医師としての自覚を促し、動機付けを行うわけである。また、その結果として学生の態度が受動から能動へと変容することが期待されている。こうしたことから、阿部(1998)・阿部・寺沢(1997)では理論と社会(実践)の「統合」と、学生の態度の「変革(性)」の2点を中心的に志向していると考えられる。
 伊藤ら(2002)では、近畿大学医学部の1年次生におけるPBL学習が報告されている。具体的には、グループ分けした学生が討論してテーマを設定し、それらについての問題点と解決方法を検討し、テュータからの評価を受ける。こうした学びによって「教えられる教育から自ら学ぶ教育への移行」することを主たる目的としている。したがって、学生の態度の「変革(性)」を中心的に志向していると考えられる。なお、この論稿によれば本事例のようなtutorial systemによるproblem-based learning(PBL)方式は、McMaster大学で開発されたのち各国に受け入れられ、医学教育では主流になりつつあるという。ただし、学生の自律性を尊重し、自由に考えさせるというこの方式は本事例において必ずしも学生の評価は高くないようである。
 坂上(2005)では、商学部という特性にあわせた初年次教育(「プロゼミナール」)に主眼に置かれている。学習内容は「大学での勉強を教える」こととされるが、テキストは「商学部が提供している専門科目(経営・商学・会計の各分野)に関連が深いものを用いている。調査の結果から、教員の意識として「プロゼミナール」が「スタディスキル」や「専門教育への橋渡しとなる基礎的知識・技能」の教育の場として位置づけられていることが示されている。これは、「高校ではほとんど学んでこなかった」という商学部の学問領域の特殊性を踏まえて、高校までの教育からのステップアップを図るものであり、知識領域の「有界」であると考えられる。
 以上を整理すると次のとおりとなる(表1*1)。
 なお、表1は概念的に「○」か「×」かの強引な整理を行ったものであり、現実にはおのおの複数の特徴を架橋して混合された状態にあると思われる。

◇補足
 今回はGoogle Scholarによって特定のキーワードによって検出した事例を素材としたにすぎない。このため、これ以外にも多くの事例の蓄積が存在することは想定される。また、PDFでダウンロード可能な文献に限定したため、そうした条件を整えていた高等教育関連の紀要として、北海道大学のものがヒットしやすい状態にあったことにも留保しなければならない。一方、今回の課題から断言することは当然できないが、日本医学教育学会の紀要が同時にヒットしていることからもわかるように、医学教育の分野でこうした取組みが熱心に行われている可能性もあるかもしれない。

*1:省略