松宮慎治の憂鬱

'04京都橘高校卒→'08大阪教育大学卒、私立大学に職員として奉職→'17広島大学大学院教育学研究科博士課程前期高等教育開発専攻修了,そのまま後期課程在学中。とあるきっかけ(http://shinnji28.hatenablog.com/entry/2015/01/10/050000)があって、実名でブログを始めることにしました。特に憂鬱なことはないのですが、大学職員仲間がタイトルを考えてくれたので、そのまま使います。

大学職員の「専門職化」は、60年来の古典​的な議論である

大学育部会における議論

中央教育審議会大学分科会大学教育部会(第35回)配付資料がアップされました。
大学教育部会(第35回) 配付資料:文部科学省

この中の資料2において、大学職員の資質向上やその専門職化の議論が示されています。
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo4/015/gijiroku/__icsFiles/afieldfile/2015/06/12/1358792_04.pdf
また、これは昨年の12月5日に開催された同部会における議題「今後の大学設置基準の見直しの方向性について」において、大学設置基準に「高度専門職」を位置づけてはどうかという論点が示されたことを引き継ぐものです。
ここでの「高度専門職」は職員の専門職化を想定していると考えられ、実際に昨年の12月の部会においても「改革推進に果たす職員の役割、力量向上と運営参画の重要性」(桜美林大学篠田道夫教授)、「「高度専門職」のあり方と必要性」(学校法人立命館西川幸穂人事部長)という職員をその対象に捉えた2件の報告がなされています。
そう考えると、今回はややトーンダウンしたのかもしれませんが、依然としても職員の資質をより専門性の観点から再定義しようという流れはあるようです。

さて、これに関連して、せっかく大学院に行っていますので、そこで学んだことを自分のためにもここで出しておこうと思います。
なお、参考資料として大場淳先生の授業レジュメ「高等教育職員開発論特講(7)大学の教員と職員─専門職化と教職協働─」を参照しています。

大学職員の「専門職化」は目新しい議論ではない

わが国における大学職員の「専門職化」の議論ですが、古くは昭和33年学徒厚生審議会答申において、教育職と同等の専門職の創設が提起されています。
厚生審議会なので、厚生補導、今で言う学生支援の領域から議論が始まったようですね。昭和33年ということは大体60年前なので、それ以来の論点であるということがわかります。
さらに、昭和62年の臨教審第三次答申にも、次のような記述が登場します。

・大学の職員はある意味ではすべて専門職であり,大学という独特の使命と機能を有する組織体を,教育・研究を充実ししかも一個の社会的存在として経営し
ていくためには,職員に高度の知識,経験,研修が必要である
・大学院修士コースに大学経営,大学管理の分野を置き,あるいは大学職員に経営的視点も加味した,体系的,専門的研修の機会を設ける

いかがでしょうか。今言ってることとほとんど同じじゃないですか?
学徒厚生審議会答申をひっぱってきて60年来と言うと大げさかもしれませんが、少なくとも臨教審第三次答申以来の30年近くは、この手の議論が続いていることがわかります。
「続いている」というのは、これ以降以下の答申他に全て、こうした大学事務組織や大学職員のより一層のレベルアップを謳った文言が入っているからです。

●平成7年、大学審答申「大学運営の円滑化について」
・大学改革を推進し,教育研究を活性化する上では,教員組織と事務組織は車の両輪であり,両者の良きパートナーシップの確立が必要である。また,大学運営の複雑化,専門的事項の増加などに伴い,事務組織の果たす役割が一層重要になっている。
・大学改革の推進に伴って必要性を増している事務体制や,留学生交流や諸外国の大学との交流・協力,社会との連携・研究協力など専門的な事務体制の整備を進める必要がある事項も生じており…
●平成10年、大学審答申「21世紀の大学像と今後の改革方策について」
・ 国際交流や大学入試等の専門業務については一定の専門化された機能を事務組織にゆだねることが適当である。
●平成16年、国立大学法人
国家公務員法上の試験採用の原則によらず,各法人の人事戦略に基づく専門的知識・技能等を重視した採用
・既存の職種の画一的な区分にとらわれることなく,専門性の高い職種に従事する職員が高いモラールを維持できるように,各大学の実状に即した多様な職種を自由に設定
・高度の専門性を必要とされる職域が広がっていることに鑑み,専門性に基づく処遇を可能とするような人事制度
・事務職員について,事務組織の機能の見直しに関連して,大学運営の専門職能集団としての機能が発揮できるよう,採用,養成方法を検討
●平成20年、中教審答申「学士課程教育の構築に向けて」
・新たな職員業務として需要が生じてきているものとしては,インストラクショナル・デザイナーといった教育方法の改革の実践を支える人材が挙げられる。また,研究コーディネーター,学生生活支援ソーシャルワーカー,大学の諸活動に関する調査データを収集・分析し,経営を支援する職員といった多様な職種が考えられる。国際交流を重視する大学であれば,留学生受入れ等に関する
専門性のある職員も必要となろう。
・専門性を備えた大学職員や,管理運営に携わる上級職員を養成するには,各大学が学内外におけるSDの場や機会の充実に努めることが必要である。職員に求められる業務の高度化・複雑化に伴い,大学院等で専門的教育を受けた職員が相当程度いることが,職員と教員とが協働して実りある大学改革を実行する上で必要条件になってくる。

要するに大学職員の「専門職化」論は、古くて新しい古典的な議論であるということですね。

多分、大学職員の「専門職化」はこれから先も難しい

ここからは、大場先生のレジュメに依拠しないオリジナルな意見なのですが、多分これからも大学職員の「専門職化」は難しいと思います。
少なくとも、これまでは議論されながらも達成されてきていないということがわかります。
もちろん、これから先どうなるかなんてわかりませんが、これまで長年達成されていないことが急にできるようになるでしょうか。

なぜ進まないのだろう?

なぜ進まないのかというと、やはり雇用の問題が効いていると考えざるをえません。
わが国の雇用体系は米国のように、仕事に対して報酬を払うという仕組みになっていないのです。
すなわち、我々のような仕事であれば、「総合職」として採用され、ジョブというよりメンバーシップへの執着を求められことになるのであり、そうした環境にあっては個人の専門性よりも組織への忠誠が大事になります。
そうした環境下で専門性を磨くのはむしろリスクになりかねません。
特定の組織に忠誠を誓うためには、その組織内でなんでもやりますというタイプの方が価値があるからです。
これは大学に限ったことではないと思いますし、大学だけで変わることも難しいと思います。
個人の専門性が生かされるような雇用環境にしたいならば、
年功序列」「終身雇用」が完全崩壊し、自動的に「総合職採用」という仕組みも終わり、この仕事に対していくら払う、という同一労働同一賃金の社会が訪れる必要があります。

「専門職化」=地位向上と考えて期待するのはやめよう

そもそも、大学職員の「専門職化」って必要でしょうか?本当に誰かに求められているんでしょうか。
大学職員がこの話題に言及するとき、どうしてもそこには自分たちの地位向上の欲求が含まれてはいませんか。
専門職が欲しければ教員を雇う、その領域がこれまでにない新しいものであれば、学部所属ではなくセンター所属の教員を雇用する。
これが本当のところ今の趨勢ではないでしょうか。

大学職員という仕事の未来の価値を決めるのは、働いている人自身だなとつくづく思います。
そう考えると、今はとてもラッキーな時代だなと感じますね。何事も自分次第というか。
力があれば認められるし、なければ認められない、それでいいんじゃないでしょうか。
大学設置基準に高度専門職として位置づけられたら地位が向上するかもしれない、というような外的な動機付けに期待するのは不健康だなと思います。
そういうのは「結果としてそうなった」ということなのであって、外部から規定されただけで突然うまく転がり始める性格のものではない気がしています。
それよりも、目の前の仕事で圧倒的な価値を生んで、ぐうの根も出ない成果を出すことの方が大事じゃないでしょうか。

とはいえ私自身、世の中がどう転ぶか分からない中で、自分の力をどうデザインするかということはいつも気にしています。
現段階では、「学生×教職」の掛け算が効いていると感じていますので、仮に今後学生や教職が全く関係ない部署に異動したとしても、せっかく身につけた力は継続して鍛えておこうと考えているところです。