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松宮慎治の憂鬱

'04京都橘高校卒→'08大阪教育大学卒、私立大学に職員として奉職→'17広島大学大学院教育学研究科博士課程前期高等教育開発専攻修了,そのまま後期課程在学中。とあるきっかけ(http://shinnji28.hatenablog.com/entry/2015/01/10/050000)があって、実名でブログを始めることにしました。特に憂鬱なことはないのですが、大学職員仲間がタイトルを考えてくれたので、そのまま使います。

教育委員会が主催する学校ボランティアの研修にはスーツで行くべきか?

神戸市にはスクールサポーターという学校ボランティアの制度があって、うちの学生もお世話になっています。
関係者のみなさま、いつもありがとうございます。
それで、教育委員会が年に何回か登録している学生向け(他大学含む、参加自由)の研修をしてくださるのですが、それに参加する場合の服装について、学生からしばしば問い合わせを受けます。
これについては以前から悩んでいまして、どうしたものかと思っています。
もし聞かれたら、いくつかの論点を示して、最終的には自分で決めるよう伝えています。

“とりあえず”スーツで行けって言うのは簡単だし楽なんですよ。
でも、本当に学校の教員を目指すなら、そういうのも悩みながら自分で決めて欲しいんです。
はっきり言って、その研修会にスーツで来ている学生さんは多いです。
だから、「場の雰囲気から外れたくないから、スーツで行く」のもアリ。
もちろん、「そういう場はスーツで行くべきだからスーツで行く」のもアリ。
何も伝えずに私服で行ってしまって、「なんで教えてくれなかったんだ」って怒られたこともあります。
でも、スーツで行くのが正解だなんて誰が決めたんでしょうか。
(ちなみに、教育委員会の指定はありません)

就職してすぐに、ある大学のサテライトキャンパスに行ったとき、パソコンを使う部屋でスーツの学生さんがたくさんカタカタキーボードを打っていて、あまりの均質性に異常さを感じて、正直気持ち悪いと思ってしまいました。
まあ自分も前の年度は同じことを疑問を抱かずやってたわけですが…渦中にいるときは、なかなかわかりません。
神戸大学のキャリアセンターでは、学内企業説明会の私服参加OKということにしているみたいですね。
「平日はみんな勉強しているので、その服装のまま参加させます」と企業に伝え、学生にも私服でかまわないと伝える。
それをけしからんと言う企業なんてないでしょう。

学校の先生になるということは、これからの未来を背負う子どもたちを育てるということなので、できれば一つひとつの社会習慣に「本当にそうだろうか」と立ち止まって考えて欲しいというのが担当としての気持ちです。
たとえ結果が同じであったとしても、「言われたらからそうしよう」ではなく、一旦自分なりに検討するプロセスを経て欲しい。
少なくとも、これからの世の中は少しずつ多様性が拡大していきます。
そういうとき、ルールを盲信したりこれまでの社会習慣を何も考えずに肯定したりする先生がいると、息苦しく感じる子どもたちがたくさん出てくる可能性があります。
「常識じゃないか」「こんなこと当たり前だろう」と子どもたちを追い詰めない先生になってほしいのです。

教育実習はスーツで行くよう指示しています。
それでもガイダンスで私がいつも言うのは「見た目なんて本当はどうでもいい。でもまだ社会はそこまで寛容じゃない。これからもどうなるかはわからない。けど、みなさんはまだアマチュアだ。実習校に迷惑をかけて学ばせていただく身だ。だから一旦は今の社会に合わせて、常識的すぎるほど常識的な見た目で行ってください」ということです。
そんなことあえて言う必要はないのかもしれませんが、とりあえず当たり前とか、当然だろう、ルールなんだから、常識なんだからとか、そういうところからいつも少し距離を置く視点を持っておいて欲しいんです。
そういう視点さえ持っていれば、学校にうまくなじめない子どもたちのことも想像できるし、そのことが、息苦しくない、多様性を尊重しあう社会の形成につながっていきます。

学校ボランティアの研修は、「スーツで行った方がいいんですか?」とか「どんな服装で行けばいいんですか?」という質問が出るほどに、どっちでも許される場なんです。教育実習と違って。
で、あるならば、「どう思う?自分もどっちがいいかわからない」とあえて問う(あえてといっても、私自身本当に正解がわからないわけですが…)ことによって、盲目的に指示されたとおりにするのではなく、自分で考えてみるところにもっていきたいと考えています。
「スーツで行きなさい」とルールを作ってそれを遵守させることに比べれば、非常に遠回りなんですが、育てるということはそういう遠回りをサボらないということだと自分では思っています。