松宮慎治の憂鬱

タイトルは友人が考えたもので,某アニメのことはわかりません。

学畜

さいきんよくこの言葉を使っている。
もちろん社畜からヒントを得た。
社畜とは、言うまでもなく勤務先に飼いならさらされて自由意思を失い、倒れるレベルで働かされる人間を揶揄する言葉である。
一方学畜は、学問に飼われた人間のことを形容している。
すなわち、毎日毎日論文を読み、研究課題をブラッシュアップし、毎週末ご批判をいただく。それを繰り返す。
そして少しずつ学問に対してハイになりはじめる。別にそれで給料が上がるわけでもない。
いや、むしろ学費と交通費を考えればお金の面では出て行くばかりである。
毎週末の宿泊先は大学内の学士会館
平日も定時で帰宅してカフェで論文を読んだり課題を仕上げたりする。
自分の家は帰って寝るだけ。
家というよりももはやベッドしか使っていない。
こうした生活スタイルこそ学畜である。

ただ、ネガティブな気持ちは全くない。
そうやって自分を笑いつつ、やや疲れた心身をちょっとずつ前に進めるためのガソリンにしているだけである。
毎週末広島に通って、先生方に指導いただき、多様な大学院生と議論できる自分は非常に恵まれた立場にあると自覚している。
本当の意味で社畜であれば、学畜などになれるはずもない。
恵まれた立場にある者は、それを世の中に返さなければならないと思っているが、まだそのレベルには当然ない。
ひたすら目の前のことにベストを尽くすのみである。


これは誰か(たぶん中国の留学生)が院生室のホワイトボードに書いたものである。
色々と思い悩んでいたのであろう。
少年老い易く学成り難し。
改めて見ると実によくできた言葉である。
少年老い易く学成り難し。一寸の光陰軽んずべからず。
この言葉おおいに実感をもって身に迫ってくる。
若いときは「まだ若いから大丈夫」みたいなことを年配の方に言われることがあるが、あれはどう考えても罠である。
若さによる時間の余裕というのは実はほとんどない。
あっという間に30になり、40になり、気づいたら自分の力でやれることは限られている、そんな風になる。
いや、それは仕方ないのだが、少しでもマシな状態でいたい。
これほどまでに学畜をして、どれほどマシな状態に到達できるのかはまだよくわかっていないが、今は粘り強く継続するのみである。
今週は生協のねこに会えなかった。来週は会いたいものである。