松宮慎治の憂鬱

このブログの情報は古く,今後更新しませんので,特に教職課程関連の参照元とすることは避けていただければと思います。ご迷惑かけます。2023.2.19

教職課程認定の事務局指摘に対して、〆切1週間前に回答を返したった!

教職課程認定申請は、実は中教審の審査の前に事務局指摘という、文科省の担当官のチェックが入ります。
私はこれを非常にありがたい制度だと思っていて、学内の教員にも「このままでは注文がつくかもしれないよ」という親切であり、アシストであると説明しています。
実際そのとおりです。教員審査については、教員養成部会の委員の顔を思い浮かべつつ、あの先生だったらこんな指摘するんじゃないかなあ、ってことまで考えてくれてる、っていう妄想をしてます。多分そうしてくれてるんじゃないでしょうか。

で、3月末に出した申請書の事務局指摘が、5/28に来たんですよ。全私教協のために仙台に出張する前日だったので、タイミングはいやだなと正直思いましたが、〆切まで3週間も時間があったので助かりました。
去年よりもさらに余裕があったので、ありがたいです。
一昨年なんて、1週間ないとか普通でしたからね(笑)
担当官の方もお忙しい中、できるだけ余裕あるスケジュール感でいこうというお気持ちをすごく感じるので、こちらも〆切前にすっとお返しすることを試みました。
教員の協力もあって、本当に速やかに、1週間の時間を残して本日対応を提出できました。
実に気持ちいいですね。

このように迅速に対応するためには、指摘がきた時点で大体の対応案を検討することが必要だと思っています。
私の場合、実際の修正に入る前から、あたかも修正が終わったあとであるかのように妄想して、対応のシートを入力していきます。
それができれば、あとはその最終ゴールに向かって作業をする(そのとおり合わせていく)だけですね。
さらに気をつけているのは、教員への依頼の仕方です。書類によっては教員に修正を頼まなければならないものがあるのですが、最悪な頼み方は、
「⚪︎⚪︎先生、文科省から以下のような指摘が来ました。修正をお願いします」という単なる“転送”に終始するやり方だと考えています。
来た連絡をそのまんま転送するだけなら、それは誰でもできますので。
また、組織内の人間が一度読んだものを、なぜかまた同じ組織内の人間が再度0から読んで理解する、というのはコストがかかりすぎです。
忙しい教員にとって申請書類の修正など雑務にすぎません。
なので、「⚪︎⚪︎先生、文科省からこのような指摘がきましたが、この趣旨はこういうことです。ゆえにこのように修正しました。ダメなところがあったら言ってください」という頼み方をします。
頼むというより、基本的に全部やってしまって、確認だけしてもらうという感じですね。
やりすぎだろうと思われるかもしれませんが、やりすぎていいというのが私の考えです。
こういうやり方をしているとたまに先生方から感謝されることもあったりするのですが、そういうときは必ず「浮いた時間を教育研究に使ってください」とお伝えしています。そこはトレードオフです。
まあでも、この程度のことはプロとしてやれて当然だろうというのが自己認識です。
教員にとって教職課程認定申請は専門分野ではないですし、専門分野でないことを一から修得するヒマは彼らにはありません。
要するにうまくいけば(認定されれば)いいんであって、プロセスに時間を割いていただくのはもったいないと考えています。
その代わり、無理のないカリキュラムのデザインや申請をどう通すかといったことには主体的に臨まねばなりませんが、そんなことは専任職員として給料をもらっている以上、まるで呼吸をするくらいに当たり前にやれなければならないと自覚しているところです。
その意味では、感謝されるいわれはないですね。
先生方が授業を担当いただいていること、そしてそれが特別でないことと同じと言えるかもしれません。