松宮慎治の憂鬱

'04京都橘高校卒→'08大阪教育大学卒、私立大学に職員として奉職→'17広島大学大学院教育学研究科博士課程前期高等教育開発専攻修了,そのまま後期課程在学中。とあるきっかけ(http://shinnji28.hatenablog.com/entry/2015/01/10/050000)があって、実名でブログを始めることにしました。特に憂鬱なことはないのですが、大学職員仲間がタイトルを考えてくれたので、そのまま使います。

高等教育アドミッション論特講(学生募集と入学基準の社会学)課題①佐々木亨(1984)「Ⅲ 戦後の大学入試制度」『科学全書14 大学入試制度』(大月書店),pp.59-79.

大膳司先生ご担当の「高等教育アドミッション論特講(学生募集と入学基準の社会学)」の課題です。
アドミッションの分野は全然触れたことがないので、勉強になりますね~


2015.5.31

高等教育アドミッション論特講(学生募集と入学基準の社会学)課題①

M156296 松宮慎治

以下の文献を拝読し、「記述内容紹介(要旨作成)」と「疑問や感想の提示」を行いました。

購読文献

佐々木亨(1984)「Ⅲ 戦後の大学入試制度」『科学全書14 大学入試制度』(大月書店),pp.59-79.
のうち、「1 大学入学資格―門戸は開かれたか―」「2 新制大学の発足と入試制度」「3 新制大学入試制度のむずかしさ」の3点。

要旨

○大学入学資格-門戸は開かれたか―
 法令に規定のある大学入学資格は、実質的に大学入試受験資格として機能している。この大学入試受験資格は大学入試の『実施要項』に明記されており、一般に対象として想定される高卒者や高卒見込者以外にも、同等程度の学力水準の者も広く含むことができる制度となっている。この要点は本人の学力以外の要素をなんら加味していないということにあり、近代社会の公平な競争原理に立脚している。
 しかしながら、公平とはいっても経済上の制約は存在する。すなわち、大学入学は学費や図書、下宿等の経費を伴うものであるから、家計がこれら経費に耐えうるかということは大学進学の重要な条件となる。これはある種の社会的不公正ではあるものの、少なくとも必要経費の詳細については『実施要項』に明示することとなっている。
新制大学の発足と入試制度
 新制大学の発足に伴い、新制大学の入学試験制度の大綱も通知された。特色は次のように整理できる。第一に、学力検査の結果が重視されることは従来と変わらなかったものの、学力検査に科目の選択制が導入された。このことは従来と決定的に異なる点であり、以後科目構成をめぐる論点は重要な焦点となってきた。第二に、解答方法が記述式から客観テスト方式に変更された。第三に、選抜方法としての口頭試問は一律に廃止された。
 また、方式としては学力検査と進学適性検査の併用が採用され、これが1954年度入試まで継続した。なお、推薦入学の方式は初期には認められておらず、公認されるのは1966年度入試からである。
 以上のような制度変更に伴って、学部をくくった系ごとに入試を実施し、入学後一定の期間を経て改めて所属の学部学科を選ぶ方式が始まった。これは新制大学特有のものである。
○新制度大学入試のむずかしさ
 新制大学の入試が直面した困難な問題が科目選択制にかかわることであり、今日まで議論されるテーマのひとつでもある。
 科目選択制は、新制高校の教育課程の特徴に照応したものではあった。具体的には、教科が科目に細分化されていたことによって、たとえば普通科高校生は理科については四科目のうち最低一科目を修得すればよかったのである。このことを大学の側面から見ると、たとえば理科を例にすれば、生物一科目だけで自然科学の学力全てを把握できるのかという問題が生じることとなる。このことから、入学後の補講が求められる可能性が生じるが、理系学生向きに高校での履修者向きと不履修者向きの二種を開講したり、不履修者に補講をしたりしたという例はなかった。こうした問題に対応するため、文部省は1950年の『実施要項』によって、社会、数学、理科については二科目選択制の実施を提起した。
 この解決策は大学側から見ればいくぶんかの改善にはなったものの、新たな問題が生じた。すなわち、新制高校では初期を除いて実際には元々二科目以上履修するのが普通科においては通常であったが、職業学科ではそうでなかったのである。このことを踏まえて、文部省は職業学科の高校生の大学進学の機会を保障するため、職業及び家庭に関する科目を必ず併せて出題することを大学に課したが、こうした「代替科目」を出題する学部はあまり増加しなかった。
 以上のような歴史的変遷の中で、大学側は高校と大学の教育上の接続関係に注目し始めることとなった。当時からこの接続関係は理念、実態とも複雑であったから、本来であれば綿密な調査と緻密な議論を組み立てて解決を図るべきであった。しかしながら、教育政策の旋回によって結局は受験態勢の公認へと事態はいっきょに進んだのである。

疑問や感想

○疑問
 論稿が言及している時代は、高等教育がエリートからマスへ遷移する過程を範疇としているように思うが、当時の入試はどの程度の選抜機能を果たしていたのだろうかという疑問をもった。すなわち、新制大学(高校)の入試制度も、当初は一部の特権権級たるエリートが利用していて、実質的な選抜機能はほとんどなかったのではないかという仮説をもった。なぜならば、制度が以降しても社会の意識が追い付くまでには時間差が存在するのではないかと感じるからである。そうした仮説に立った上で、いつ頃から現在のような選抜機能としての入試制度が認識され始めたのだろうという疑問を抱いた。
○感想
近年の高大接続の論点は高等教育の大衆化に伴って焦点化されたと思っていたが、実際には旧制から新制へ、高大の制度が変更された戦後以来のテーマであったことが理解できた。自身が勤務するような私立大学では、選抜入試としての入試の機能を重視しすぎると結果的に偏差値で輪切りにされた価値観に従属することになると考えていることから、新しい価値観をどう生むかという視点から、高大接続の問題には関心が深いところである。