松宮慎治の憂鬱

'04京都橘高校卒→'08大阪教育大学卒、私立大学に職員として奉職→'17広島大学大学院教育学研究科博士課程前期高等教育開発専攻修了,そのまま後期課程在学中。とあるきっかけ(http://shinnji28.hatenablog.com/entry/2015/01/10/050000)があって、実名でブログを始めることにしました。特に憂鬱なことはないのですが、大学職員仲間がタイトルを考えてくれたので、そのまま使います。

高等教育基礎論Ⅰ(社会学的研究)の課題ー 高根正昭著『創造の方法学』(講談社現代新書)の要旨(第1章、第2章)―

村澤昌崇先生担当回の課題です。
キツいキツいと他大学の友人に言ってたら、「松宮さんがキツいと言うなんて、死期を感じる」と言われました。
でもさすがにきつい!

今日は、こちらの本の第1章、第2章の要旨ですね、

創造の方法学 (講談社現代新書)

創造の方法学 (講談社現代新書)


2015.4.17

高等教育基礎論Ⅰ(社会学的研究)課題

高根正昭著『創造の方法学』(講談社現代新書)の要旨(第1章、第2章)

M156296 松宮慎治

以下のとおり要旨をまとめました。

1.第1章 方法論への道―知的創造とは何か

 第1章では、筆者のスタンフォード大学留学の経験を中心に、研究において方法論が大切だと考えるようになった契機と、アメリカの大学の特徴、そこから見えてくる日米の差について述べられている。
1-1.方法論が大切だと考えるようになった契機
 方法論の大切さに気づいた契機は1963年のスタンフォード大学留学である。それ以前は敗戦国としてアメリカには無自覚に敵対意識を抱いていた。ゆえに、アメリカ式の学問を初めから素直に受け入れられたわけではない。ところが、生活を始めてすぐに、アメリカ人に抱いてきたイメージと実際の違いに驚くことになった。相手が誰であっても個人として対等に接する普遍主義的なアメリカ文化に感動した。このアメリカ社会で実力ある一人前の研究者になるために、アメリカの一流大学で博士号を取りたいという生活上の欲求が学びに向かう動機の源泉であった。
1-2.アメリカの大学の特徴
 筆者が学生として過ごしたスタンフォード大学での生活は、競争社会の原理に支配された厳しい世界であった。特徴としては次の四点が挙げられる。第一に、厳しい業績主義が敷かれていた。たとえば、4学期制の1学期の1科目には、日本の大学の1科目における1年間分以上の内容が含まれており、さらに1学期の間に2回の試験が設けられていた。この試験で平均点を割り、回復できなければ放校されてしまうこととなる。第二に、相当量の読書をせざるを得ないシステムが組み込まれていた。たとえば、講義面では、読書をこなさない限り講義での討論に参加できなかった。また、環境面では、図書館が学生に貸す必読文献を短期的に貸し出す仕組みを持っており、夜の11時まで開館していた。書店においても、指定図書が1科目平均4~5冊ずつ教科書専用の棚に並べられ、書物を見て学生は科目の選択の参考にしていた。このような状況では、実は教授の実力も試されることになる。アメリカでは指定された文献の説明と解釈、それに対する質疑応答と討論という形式をとることが多かったため、雑談でお茶を濁すようなことは不可能だからである。第三に、モノを書く訓練が徹底されていた。科目ごとにターム・ペーパー(term paper)が課されており、主題の設定と従来の学説の検討、そこから行う分析と引用文献の呈示が求められていた。さらに高度な課題になれば、仮説の提出とその検証も必要とされ、専門誌に発表できる段階に到達することになる。第四に、「読み、書き、算数」「reading,wrighting and arithmetic」(「三つのR(three R’s)」)と呼ばれる方法論を重視していた。ここでいう方法論とは、既存の学術体系に新しい知識を付加する(「知的生産」)ための手法であり、ターム・ペーパーをはじめとするトレーニングはそのための準備と同じ役割を果たしていた。
1-3.日米の差
 日米の差は、単に制度の違いを越える、「知的生産」の基本原則に関わる相違であると言える。すなわち、個人が模倣ではない独自の意見を持つことが社会一般の態度かどうかという社会的背景の差であったと考えている。近代の思想と科学技術を海外から輸入するという形でしか近代化を進めてこなかった日本は、そのことを内省する必要があろう。

2.第2章 問題をどうたてるか―原因を考え、問題を整理する

 第2章では、筆者のスタンフォード大学留学時代の個別の体験を交えながら、問題の立て方に関する整理がなされている。たとえば筆者は、テレビや映画の効果を扱うセミナーにおいて、アメリカの社会科学が共通に持っている問題解決のための論理に触れることになった。具体的には、第2次大戦中に作成された戦意昂揚の宣伝映画を作成する際に、学者や知識人が人間の態度の変化を検証することで、戦争への理由づけを行うという実験が行われていたことを知った。この事例では、人間の態度が戦争に向かうということが「結果」であり、その「結果」に影響を与える「原因」が存在している。
「結果」を一定の「原因」と結びつけて「なぜ」という問いに回答を与えることを「因果関係」と呼ぶ。また、この「原因」と「結果」の論理的な関係を「仮説」と呼ぶ。科学における理論は新しい事実の発見の連続であり、いつでも変更されるものだという前提に立つからである。しかしながら、「原因」と「結果」の関係が明確に規定しがたい学問分野もあり、その場合は関係を確定しないまま研究をすすめることになる。このとき、明確に規定できるものが「記述」であり、規定できないままのものが「説明」である。「なぜ」にこたえるのは後者であり、社会学的にはより一段と高度な研究であると言える。ただし、「記述」は「説明」に進むために欠かすことはできない。この「説明」をもう少し掘り下げると、複数の「仮説」が組み合わせた集合体たる「モデル」に到達する。すなわち、「結果」を中心に複数の「仮説」がひとつのシステムをなして「モデル」となるのである。このように複数の「仮説」が組み合さった「モデル」では、特定の減少は「原因」になったり「結果」になったりする。
 以上を踏まえて問題の立て方を整理すると、次のとおりとなる。まず、問題を設定する。次に「原因」の選定を行う。問題に対する「原因」が明らかになれば、「原因」と「結果」との間に論理的な関係を構築する。最後に、「仮説」を立て、「モデル」化する。これが問題の立て方の体系であり、社会学的研究における「説明」にあたることになる。