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松宮慎治の憂鬱

'04京都橘高校卒→'08大阪教育大学卒、私立大学に職員として奉職→'15広島大学大学院教育学研究科博士課程前期高等教育開発専攻。とあるきっかけ(http://shinnji28.hatenablog.com/entry/2015/01/10/050000)があって、実名でブログを始めることにしました。特に憂鬱なことはないのですが、大学職員仲間がタイトルを考えてくれたので、そのまま使います。Twitter : sanjyuumatsu,e-mail : sanjyuumatsu@gmail.com

「大学職員が研究すること~ものごとの見方、実践、そしてその成果~」に参加

JUAM

標記の研究会に、企画者の1人として参加してきました。

講師としてお忙しい中お越しくださった辰巳さま、檜森さま、会場を貸してくださった常翔学園さま、参加者のみなさまに感謝申し上げます。

参加者数は40名を超え、九州や四国からもお越しいただきました。

なんとなく狭いテーマ設定でしたし、関係者入れて30名くらいかな~と思っていたので、とても予想外です。

ありがとうございました。

以下に内容を報告します。(メモのようなものですが)

 

期日:2014年10月25日(日)14:00~16:40

会場:常翔学園大阪センター

 【成果】

・企画者の1人としてワークショップを開催し、終わらせることができた

【反省点】

・後半のワークの時間が短かったかもしれない

【所感】

 去年から学会発表を何度かしているが、やればやるほど、ある種の限界を感じるようになった。すなわち、ほぼ完全に自学自習で手法を学んでいるために、最終的にそれっぽいものが完成するものの、その手法が本当に適切なのか自分で検証しにくいという問題である。いわば、生兵法の危険性のようなもの。この点について、自身では非常にネガティブにとらえていたため、体系的で専門的なトレーニングを受けるために大学院の進学を考えた。しかしながら、生兵法の問題に気づきえたのも、やはり自分でそれなりに学んだからであるということを、講師2名のお話から感じた。

【以下内容】

①講演「【大学職員の学びと実践】大学職員が研究すること―ものごとの見方、実践、そしてその成果―」(檜森茂樹氏、名城大学

『これまでのキャリア』

・銀行員での経験で、社会の厳しさを学んだ

・大学に転職し、経理部でOJT

・人事の時に問題意識が醸成された。仕事において大きな課題を与えられ、それを解決するという大きな成功体験を積んだ

・20代の後半から、人事の育成に携わることができた

『大学職員が研究すること』

・研究活動の入り口で立ち止まっている?

・そもそも研究者ではない。研究は目的ではない

・みなさんは何を悩んでいますか?

『結論』

・研究活動は目的でなく手段。ツールの一つ

・その学びをいかに実践でいかすかが大事

・ただし、大学で働く大学職員が大学院で学んでいないのは恥ずかしい(自分の商品をやったことがないのに売り込んでいくのはどうなのか?)

・大学院で学ばないという理由はない。ただし、本質は実践で活かすかどうか

『伝えたいこと』

・学びと実践のつながり

・自らのキャリア・実践からみる学びの必要性

・現場の大学職員(若手職員)への学びの呼びかけ、働きかけ。終わったあと自分の話は忘れていい。実行に移すことが大事だから

『どうして大学院行くことになったか?』

・大学の将来的な危機感(我々職員は何をすべきか?)

・そもそも大学職員って?(銀行員のときは銀行員論なんてなかった)

・SDって何?

・大学の危機はみんな分かっている。パイが少なくなっているのは分かっている

『自身の経験』

・若手勉強会、隔週1回やった。資料集めなど全部自分でやっていたらよくわからなくなって、「やめよう」という話になった

・自分で、現場で考える必要性を感じた(専門性が大事云々と言われても、「ふーん」で終わってしまう)

・大学院が必要かどうか、自分で体験しないとわからないと思った

・学ぶ理由がいっぱいでてきた。学ばない理由はなかった

・上司の後押しがあった

・自分自身の問題だと思ったから、当事者意識があったからできたこと

『そもそもこれからの大学職員とは?』

・今までは目の前の業務改善でよかったが、これからは大学全体のビジョンが大事

・事務処理ではなく、「考えて、開発、実現」できる人材が必要。これは、どこの大学でも一緒

『現実はどうなっているか』

・専任職員は企画立案職になって欲しいと言うが、理想と現実が乖離している。自分もルーチン7割

・せっかく学んでも能力を発揮できる機会が・・

・企業も同じ課題を抱えている

・昔は徒弟制度みたいなものがあった(目で盗め!)

・管理職者の本音「追いついていけない」「自分たちも育成されてきていない」「本当に政策だけでいいの?」「どうしてよいかわからない」

・従来のやりかたでは育成困難。これまで経験したことのない未知の課題がたくさんある

・個々人が能力アップして、現場でやっていかないと、上の人もわからなくなっている

『自らの学びとその成果』

・大学・学校づくり研究科での2年間が学びのベース

・同業種コミュニティでは同じ課題しかあがってこなくなったので、異業種やビジネススクールMBA)での学びを最近は重視している

・従来のOJTがOJD(On the Job Development)になることによって、高度な業務達成を目指せるという理論を示した

・特に花王の事例は非常に参考になった。花王の人材開発は非常に優れている。大学院生なので、調査も歓迎された

・考える思考や企画業務の基本が、大学院で大きく身に付いた

・背景、現状、社会の分析、あるべき姿、問題発見、対応策は論文を書くときに使う。当たり前のことだが仕事でやろうと思ったら訓練がいる

ケーススタディを100何ケース以上やってきている。世間で起こっていることと大学で起こっていることは共通していることがわかった

・名城には職員像がなかったので作った。考え続ける、学び続けることが大事。研修体系2年くらいかけて作った

・必ず「考えさせる」ような研修をやっていた

・新しい雇用形態をつくった(業務職「継続的なルーチン業務を担う、自己判断できる人材」)。このことによって、専任職員の力量が問われる

・多様な雇用形態を確立した。教員についても複雑なものを作った。判断のポイントは、本当に必要なのか?ということだと思う

『いい話だけではない』

・学びと実践での成果との関係性について。成果や成長が見えにくい、時間がかかる

・出る杭は打たれる可能性。たたかれることも多い。ただ、学べば学ぶほど自分の役割が増えてくる。自分の使命というものを考えてしまう

・ルーチン業務に追われて時間が…自分も7割はルーチン

・モノの見方、考え方、思考のプロセス、フレームワークがすぐ思いつくようになった。高度な仕事をやる時間をどう捻出するか

・学び→実践→成果→周りからの信頼と自信のサイクルが確立された(学びの習慣、循環ではなくトルネード)

『学びの必要性』

・社会の変化のスピードへの対応と自分自身の価値創造

・学びに無駄なし。ただし、実践で成果を出すこと。趣味に走るな、自己満足に浸るな。実務者として

・仕事の報酬は仕事(常勤理事のトヨタの方から言われたこと)。成果をだし、よりよい仕事を。良質な場と良質な人材との出会い

・評論家にだけはならないでほしい。意見をするなら、代替案を

『何を学ぶべきか?』

・知識・スキルの提供:すぐ使えるが、陳腐化が早い(これはOJT、その場で学んでくれ)

・思考・態度・行動特性の変革:非汎用的、即効性はない

問題意識がない、やる気がない→モチベーションが問題なのではない。行動特性が身についていないことが問題だと思っている

・大学職員の仕事には可能性がある!

・ずーっと人事の手続きだけやっていてもよかった

・自らで可能性を広げること!自らの学びによって

・自らで業務改革すること!事務から創造型業務へ

・変化の時代だからこそ、まずは自分自身を変革すること

『大学院の学びで得たこと』

・本質と思考のプロセス(フレームワーク)、学びの習慣、良質な人材・情報・図書、信頼感からくる上質な仕事

大学職員は常に学び続けること。それが大学職員の専門性。高等教育機関で働く自分たちが学ばないなんてありえない。自分がやっていないのに輩出なんてできない

学ばない理由はない

 

②講演「大学職員が研究すること―ものごとの見方、実践、そしてその成果―」(辰巳早苗氏、追手門学院大学

・経歴と、大学院で学んだことが自分にとってどんな意味があったかを話したい

『経歴』

江崎グリコという会社で、セブンティーンアイスの仕事をしていた

・商品開発の仕事は華やかなイメージがあるが、売り上げに直結する厳しい部分もあった

・偶然入った女性向け職業安定所から大学職員の募集(樟蔭学園)を紹介され、軽い気持ちで応募

・非常に安定してそう。業務も大変じゃなさそうという気持ちで働き始めた。大学でこういうことやりたい!学生さんのために!とか全くなかった

・2003年4月樟蔭学園採用

・同じ年齢の主任さんと同じ仕事をするには、同じだけの時間をかけないとだめなのかなあという思いがあった

・2008年12月に桜美林へ入学することが決まり、そのあと2009年2月に課長代理に昇進することになった。業務へのしわよせ等が気になった

・2011年4月-2012年3月:熊本大学大学院社会文化科学研究科教授システム学専攻、科目等履修生(桜美林と重複している)。桜美林修士論文の関係で学びたかった

・2013年4月熊本大学大学院社会文化科学研究科教授システム学専攻入学

・2013年7月樟蔭学園退職、8月追手門入職

・自分の中では大学院に通うことがマストだったわけではない

・問題に直面(不安、不満、仕事が煩雑で変化がない、めんどくさい)したときに、経験していそうな人に相談し、解決策の資料を探す等していた

・しかし、簡単に解決しない!

・イチから学ぶことを考えた。寺崎昌夫先生との出会いで、「大学院のリソースが学ぶ。イチから学ぶ」のは有効と言われた。すぐに実践力がつくという意味ではなかったと思うが、背景を知ることが大事だという意味あいだったと理解している

『大学院での研究』

桜美林での修士論文題目は、「大学における専門領域分属時期に関する研究―教育指導体制の観点から―」

・大学の中で学生を見ていると、専攻領域によって違っているような気がした。職業に直結するか課程の学生は、将来に役立つと思えばやる、将来に関係なさそうなことはやらない。一方、職業に直結しない課程の学生は、幅広く関心を持っている気がした

・この事実について、新入生に調査して、それを生かしたカリキュラム編成ができないか考えた

・しかし、当初の仮説が棄却された。専攻領域によって関心の持ち方に違いはなかった

・実は違わないのに、違っているという想定で大学の仕組みができていることに問題があるのでは?と考えた

・つまり、学科等を決めた上で入学することが正しいのかどうか?という問題意識につながった

桜美林のときの志望動機は、GPAへの疑問、大学職員としての体系的な知識を持ちたいといったものだった

桜美林でも熊本でも、最初に設定するテーマは取り掛かりにすぎないと言われた

熊本大学の大学院は入試でプレゼンが必要だった。そこでは、大学の教務担当者の育成をテーマとした

『研究の結果として得たもの』

・まず、知識・経験のキャッチアップ。自分は中途入職者だったが、中途入職者の使い方がはっきりわからなかった。キャリアと育成が直結しないところもあった。この点、大学院に通うことによって、中途入職者として経験を充足できた(例:設置基準の大綱化。資料で学ぶしかなかった)

・次に、ネットワーク。教務実践研究会やSNS

・次に、Language of Academics。「共通言語」という意味で使っている。教員の世界を知ることができる。前任校では「学ぶ」ということに色々考えた。教員は、学ぶということに誠実だなと思った。自分が何か知りたいと思っている、学びたいと思っているときに、どんどん教員が相談に乗ってくれるという状況になり、関係が深まった

・最後に、論理的思考を身に着けるための方法論。論理的に考えることがくせになる。ただし、論理的ばかりでは思考が硬直化するので、たまには。。

『最後に』

・現状に対する問題意識が必須。自分の場合は、「めんどくさい」モチベが一番大きかった。煩雑なことを解決したかった。どうして自大学はこうなのか?他大学ではどうなっているのか?ということをよく考えた

・問題解決の有効な方策として大学院がある。でも、マストではない。ただ、学生の大学のリソースをつかえということがあると思うが、まず自分から使ってみてはどうか。社会人になってからの学びの特徴として、お金を払っているので取り返すというような貪欲さがある。そういうのもいい

・自分にとっては、環境に変化を起こす契機となった。教務の仕事をどう生産的なものに変えるのか?自分の場合は、たまたま組織替えがあって変えられることになった。でも、場があればやれるが、ないからできないことはたくさんある。そういうものを変えていくときの契機の一つになりうる

・社会人になってから大学職員が大学院に通うと、学生の立場、教員の立場を知ることができる。研究者がどういうところで研究し、業績にし、業績をどう教育につなげていくかということは、職員からは見えづらいと思っている。自分がやれば想像できるようになる。それでもやってもらいたいことはやってもらうというか、そういう判断ができるようになる

・学び続ける必要性について。学んだ人の方が、より学び続ける必要性を感じるような気がする。学べば学ぶほど足りないことを感じる、知れば知るほどわからないことが増える

全部含めて、模索しながら進めていくしかない。はじめからわかっているということはない。できそうなことからやってみるとか…

・やったことが無駄になることは多分ない

・迷っているなら、科目等履修なんかはハードルが低いのでいいかも

大学院で学ぶこと自体が評価の対象になることは多分ない。思考方法等が現実に使えるようになれば評価されるが…

・評価されると思って大学院に行ったら失望する。多くの職場が大学院で学んだことを評価する制度になっていない。評価それ自体を目的にすると、途中でしんどくなる。もし考えているなら、自分のため、学生のためなどでやったほうがいい

≪質問≫

・大学にいながら、大学にいながら研究するということ。当事者でありながら研究するという難しさはあるか?

MBA等だと、自分の組織を対象にしていることもあると思うので、自分は違和感がない。企業と違って、形法律で決まっているのに、こんなに違うということがある(辰巳氏)

→ご質問の意図について、もう少し説明してほしい(檜森氏)

自分は大学院では第三者的な視点を持って研究してきた。でも大学の場合は、いつまでも客観視できなくて主観が入ってしまう。自分が中にいながらやる難しさがある気がした

→社会人になってからの学びは大事。何かの問題意識があるからこそ行く。その問題意識の原点は普段の仕事にあるはず。自分の大学にしがらみがある、それは仕事なのでしょうがない。でも逆にいうと、大学院に行けば仕事から離れるので、自由な発想ができる。確かに自分に深く関連する組織をを研究するのは難しい。でもだから学ばないという理由はない。自由な発想でどんどん問題解決を(檜森氏)

出る杭は打たれる可能性について。働きながら学ぶことについて、どう周りと折り合いをつけているか?心がけについて教えてほしい。否定的な声などがあるときにどうしているのか

何かを提案しにいったときに、なんでお前が?と言われることもある。でも、いやいや違いますよと。目的や趣旨を説明してわかりあっていくコミュニケーションが大事。でも、苦労してやっていることがたくさんある。そういうところを見てくれているので、檜森さんが言うなら仕方ないということになることも多い。政策等のいわゆる打ち上げ花火だけでなく、全てやっている。だから認めていただいていると思う。もし自分が政策だけやってトップばかり見ていたら、出る杭は打たれるけど、全部やった上でこういうことをやっているから巻き込める。本当のビジネスコミュニケーションは、相手の言ったことにわかりやすく答えること(檜森氏)

出すぎると打たれない、と見ていて思う。そういう人なんだと諦めてもらえる。ただ、普段の仕事は迷惑をかけないようにやっていたつもり。業務は業務としてきっちりやる。大学から派遣されて大学院にいく方は考慮されることも多いが、絶対に修了しなければならないとか、そういう足かせがつく人もいる。どちらがいいとはいえない。また、あえて打たれる、打たれることを厭わないということも大事だと、自分のことというよりも見ていてそう思う。その場のルールのようなものを学びすぎると、変えていけないので、打たれるのもやむなしということも受容していくことが大事(辰巳氏)

・学びをする上で大変だったこと、よかったことを一つずつ教えて欲しい

→大変だったことはたくさんある。でも、よかったことと共通してくる。「抜け出せなくなってきた」ことが一番大きい。また、学べば学ぶほど止まらなくなってくる。自分の学びが止まるとすぐ追い越される。逃げられなくなってきた。良い面は、やればやるほどいい仕事がもらえること。また、いい人がどんどん集まってきてくれる(檜森氏)

→大変なことと良かったところは、重なるところがやはりある。学び始めが大変だった。ベースがなかったから。学び始めたことが見え始めるまでが大変。文献も書いてあることが全て初めてなので読んでいるだけで大変。でも少しずつ知っていることに変わってくる。今の自分の興味だけに集中しすぎないで、いろんなことを見ていたことが、あとから繋がってくる。知り合いの知り合いがみんな知り合いになってくる。それだけ増えると、自分の課題に対する意見をもらえる機会が増える。こういうところに出てくる方は情報発信に積極的な方が多いので、こうした場での出会いも大事(辰巳氏)

③グループワーク

 数名のグループで「大学職員が研究する意味とは」「研究テーマの見つけ方」の2種類のワークを行った。

 前者のワークでは、講師2人のお話を受けて、結局具体的な問題意識と、当事者意識がスタートになっているというような意見があった。また、実際に大学院に通った方から、テーマと直結していた担当から外れることになり、「意味がなかったやん」と正直思ったが、でも研究のプロセスは実は仕事と同じだということに気づいた、というようなお話があった。

 後者のワークでは、通説を批判することで研究テーマを見つけるアプローチに取り組んだ。業務上感じることや高等教育関連のニュースで感じることを書き出し、それに対し一般的にありがちな意見を書く。この一般的にありがちな意見について、本当にそうなのか?実はこうなのではないか?という批判を加えていくというワークを行った。